再生農業で目指す土壌と農場の健全性:具体的な評価方法とは?
再生農業Q&Aセンターへようこそ。このセンターでは、再生農業や土壌、作物の栄養に関する皆様の疑問にお答えしています。今回は、「再生農業を始めたものの、本当に効果が出ているのか分からない」「土壌や農場が健全になっているのか、どう測ればよいのか」という、経験豊富な農家の方々が抱えがちな疑問にお答えします。
再生農業でなぜ「健全性評価」が重要なのか?
長年の慣行農法で培われた技術や知識をお持ちの皆様にとって、再生農業は「土」や「生き物」を重視する新しい考え方や取り組みが多く含まれます。化学肥料や農薬を減らす、あるいは使わない、耕さないといった変化は、目に見える作物の変化だけでなく、土の中や農場全体の生態系に大きな影響を与えます。
この「見えない変化」をどのように捉え、評価するかが、再生農業を成功させる上で非常に重要になります。評価を行うことで、以下のようなメリットがあります。
- 効果の確認: 自分の圃場で再生農業の手法が効果を発揮しているか客観的に判断できます。
- 課題の特定: 改善が進んでいない、あるいは新たな問題が発生している箇所を特定できます。
- 改善策の検討: 評価結果に基づいて、次に取るべき具体的な行動や改善策を検討できます。
- モチベーション維持: 目に見える形で変化や成果を確認することで、再生農業への取り組みを続けるモチベーションになります。
- 情報共有: 家族や地域の仲間、消費者に対し、農場の状態や取り組みの成果を具体的に説明できます。
単に慣行農法の手法を変えるだけでなく、「土壌と農場生態系がどれだけ健全になったか」という視点を持つことが、再生農業の本質的な目標達成につながります。
土壌健全性の評価指標
土壌の健全性を評価するためには、いくつかの指標を組み合わせて総合的に判断することが一般的です。主な指標は、物理性、化学性、生物性の3つの側面に分けられます。
1. 物理性の評価
土壌の物理性は、作物の根の張りや水・空気の通り道に影響します。再生農業、特に不耕起栽培などを実践する上で、物理性の改善は重要な初期目標の一つです。
- 団粒構造: 土壌が小さな粒の集合体(団粒)になっているか。指でほぐした時の感触や、スコップで掘り上げた土の塊の様子で観察できます。団粒が多いほど、水持ち・水はけ・通気性が良くなります。
- 土壌硬度: 土壌がどれだけ硬いか。専用の硬度計(山中式硬度計など)で測定できます。硬盤層の有無や深さを把握するのに役立ちます。
- 保水性・排水性: 水がどれだけ保持され、余分な水がどれだけ早く抜けるか。大雨の後や灌水後に、圃場の水たまりの状況や土壌の湿り具合で判断できます。手で握って水が出るか、土が団子になるか、崩れるかなども目安になります。
- 根の張りの深さ・広がり: 作物の根を掘り上げて観察します。健全な土壌では、根が深く、広く均一に張る傾向があります。
2. 化学性の評価
従来の土壌分析で測定される項目に加え、有機物や養分の形態、供給能力といった再生農業的な視点も重要になります。
- 有機物含量: 土壌中に含まれる有機物の量。土壌分析で把握できます。有機物は団粒形成や微生物のエサ、養分供給源として重要です。
- pH(土壌酸度): 土壌の酸性・アルカリ性の度合い。作物生育や微生物活動に影響します。再生農業では極端なpHは好ましくありません。
- 有効態養分: 作物がすぐに利用できる窒素、リン酸、カリウムなどの量。土壌分析で測定します。化学肥料を減らす中で、土壌の潜在的な養分供給能力が重要になります。
- 陽イオン交換容量(CEC): 土壌が養分を保持する能力。腐植(有機物)が多いほど高まります。
- 微量要素: 鉄、マンガン、亜鉛、銅などの微量要素のバランスも重要です。
- 土壌呼吸: 土壌中の微生物が有機物を分解する際に発生するCO2の量。土壌の生物活性の目安になります。簡易測定キットなどがあります。
3. 生物性の評価
再生農業で最も重視されるのが土壌生物の多様性と活性です。目に見えない微生物からミミズなどの土壌動物まで、多くの生き物が土壌の機能を支えています。
- 土壌動物: ミミズ、昆虫、ダニなど。スコップで土を掘り上げた際に観察できます。特にミミズは土壌の物理性改善や有機物分解に大きく寄与するため、重要な指標となります。
- 土壌微生物の量と多様性: 細菌、糸状菌、放線菌など。専門機関での分析や、特定の微生物群を測定するキットなどがあります。再生農業では、多様性が高く、特定の病原菌が優位でない状態が望まれます。
- 菌根菌の着生: 作物の根への菌根菌の共生状況。専門的な観察が必要ですが、リン酸吸収の効率化など、作物生育に大きく関わります。
- 土壌の匂い: 健康な土壌は「土の匂い(カビ臭)」がしますが、これは放線菌などの有用微生物の活動によるものです。不快な匂いは、嫌気的な状態や特定の微生物が優位になっているサインかもしれません。
農場生態系全体の健全性評価指標
土壌の中だけでなく、農場全体を一つの生態系として捉え、その健全性を評価する視点も重要です。
- 生物多様性: 圃場やその周辺(畔、緩衝帯など)に生息する昆虫(アブ、ハチなどの益虫)、鳥類、両生類などの種類や数。多様性が高いほど、生態系が安定し、病害虫の異常発生なども抑えられやすくなります。トラップ設置や目視観察などで評価します。
- 景観の質: カバークロップの植え付け、多様な作物の導入、ヘッジロウ(生垣)や緩衝帯の設置など、農場内の多様性や構造の複雑さ。
- 水質の改善: 農場から流出する水の透明度や、近隣の水路やため池の生態系の変化。
- 病害虫・雑草の発生状況: 特定の病害虫や雑草が異常発生せず、天敵などによる自然な抑制が働いているか。化学農薬の使用量低減がこれにどう影響しているか。
評価の実践:どう進めるか
これらの多様な指標すべてを一度に完璧に評価する必要はありません。ご自身の農場の状況や関心に合わせて、いくつか重点的に取り組む指標を選び、継続的に観察・測定することが大切です。
- 現状把握: まずは、再生農業を始める前の、あるいは現在の農場の状態を可能な範囲で記録します。土壌分析データ、圃場の写真、ミミズの数、特定の草種の発生状況など、できることから始めましょう。
- 目標設定: 再生農業を通じて、どのような状態を目指したいのか(例:団粒構造の改善、有機物含量の増加、ミミズの増加など)、具体的な目標を設定します。
- 評価方法の選択: 設定した目標に関連する評価指標と、それらを測定・観察する方法を選びます。簡易キット、専門機関への依頼、定期的な目視観察など、ご自身の状況に合った方法を選びましょう。
- 定期的な評価: 半年ごとや1年ごとなど、一定の期間を決めて定期的に評価を行います。同じ場所、同じ方法で測定することで、変化を追跡しやすくなります。
- 記録と分析: 評価結果は必ず記録し、時系列で比較します。計画通りに進んでいるか、予期しない変化はないかなどを分析します。
- 改善策の実施: 分析結果に基づき、必要であれば栽培方法や土壌管理方法を見直します。
評価には多少の手間やコストがかかる場合もありますが、闇雲に手法を続けるのではなく、農場の状態を「見える化」し、効果的な取り組みを進めるためには非常に有効です。また、最初は身近で簡単な指標(土壌の感触、ミミズの数、根の張り具合など)から始めてみるのも良いでしょう。
結論:継続的な観察と評価が、再生農業成功の鍵
再生農業は、単に慣行農法から別の手法に切り替えることではなく、土壌と農場生態系の健全性を回復・向上させていく営みです。そのためには、定期的に農場の状態を様々な角度から評価し、その変化を捉えることが不可欠です。
今回ご紹介した評価指標は多岐にわたりますが、すべてを網羅する必要はありません。ご自身の農場の状況や、再生農業で特に改善したい点に焦点を当て、無理のない範囲で評価を始めてみてください。継続的な観察と評価こそが、再生農業の効果を実感し、さらなる改善へとつながる確かな一歩となるはずです。
ご自身の経験と再生農業の知見を組み合わせ、ぜひより健全で豊かな農場を目指してください。