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土壌診断結果を活用して再生農業を成功させるには?具体的な読み解きと改善計画のステップ

Tags: 土壌診断, 再生農業, 土壌改善, 土壌管理, 計画

土壌診断結果は「現状把握」、その先の「改善計画」にどう繋げるか

再生農業への転換を進める中で、土壌の状況を正確に把握するために土壌診断を実施されている方も多いかと思います。診断結果の報告書には、pHやEC、主要な養分や腐植含量など、様々な数値が記載されています。これらの数値が現在の圃場の「健康状態」を示していることは理解できても、「で、この結果を見て、具体的にどうすれば良いのか?」と疑問に思われることもあるのではないでしょうか。

長年のご経験から、土壌の見た目や手触り、作物の生育状況からある程度の判断は可能かと思います。しかし、再生農業で目指す「健全な土壌生態系」の構築には、数値データに基づいた客観的な評価と、それに基づく計画的な改善アプローチが非常に有効です。

この記事では、土壌診断結果を単に数値として見るだけでなく、再生農業の視点から深く読み解き、具体的な土壌改善計画に繋げるためのステップとポイントを解説します。

土壌診断結果を再生農業の視点から読み解く

土壌診断で得られるデータは多岐にわたりますが、再生農業において特に着目すべき項目と、その読み解きのポイントをいくつかご紹介します。

  1. pH(土壌酸度):

    • 多くの作物の生育や、土壌微生物の活動に大きく影響します。適正範囲は作物によって異なりますが、極端な酸性またはアルカリ性は養分の利用効率を低下させ、微生物相にも偏りをもたらします。
    • 再生農業では、石灰資材などで急激にpHを補正するよりも、有機物の投入やカバークロップによって緩やかに調整される状態が理想とされます。診断結果から現状を把握し、長期的な視点での調整を考えます。
  2. EC(電気伝導度):

    • 土壌溶液中の総塩類濃度を示し、主に施肥や有機物分解によって供給される可溶性成分の量に関係します。高すぎる場合は塩類集積の可能性があります。
    • 慣行農法からの転換期には、過去の過剰な施肥によるEC上昇が見られることもあります。再生農業では、過剰な施肥を避け、有機物の緩やかな分解による養分供給を目指すため、ECの推移は施肥管理の適正を判断する指標となります。
  3. CEC(陽イオン交換容量):

    • 土壌が陽イオン(カリウム、カルシウム、マグネシウム、アンモニウム態窒素など)を保持する能力を示し、土壌の種類(粘土含量や腐植含量)に影響されます。CECが高い土壌ほど養分を保持する力が強く、流亡しにくい傾向があります。
    • 再生農業では、土壌有機物(腐植)の増加がCECの向上に繋がります。診断結果のCEC値と腐植含量を合わせて見ることで、土壌の養分保持力とそのポテンシャルを評価できます。
  4. 主要養分(窒素、リン酸、カリウムなど):

    • 作物の生育に不可欠な要素です。ただし、診断値が「全量」なのか「有効態」なのかを確認することが重要です。再生農業では、土壌中の微生物活動によって養分が作物に利用可能な形になることを重視します。
    • 特にリン酸は土壌中に蓄積しやすい性質があります。診断結果でリン酸が過剰な場合は、新たな投入を控えるなどの判断が必要です。窒素は有機物由来の窒素供給力が重要になります。
  5. 腐植含量:

    • 土壌の物理性、化学性、生物性の全てに良い影響を与える最も重要な指標の一つです。団粒構造の形成、保水・保肥力の向上、微生物の餌など、多岐にわたる役割を担います。
    • 再生農業の取り組みが土壌を健全化させているかどうかを判断する上で、腐植含量の経年的な増加は重要な目標となります。診断結果で現状を把握し、目標とする腐植含量に向けてどのような有機物管理を行うかを検討します。
  6. その他の項目:

    • カルシウム、マグネシウム、カリウムのバランス(石灰-苦土-加里バランス)も重要です。特定の成分が過剰あるいは欠乏していると、他の成分の吸収が阻害されることがあります。
    • 微量要素の診断結果も、特定の欠乏症のリスクを知る上で役立ちます。

これらの診断結果を読み解く際には、単に数値の大小だけでなく、項目間のバランスや、過去の診断結果との比較、そして何よりもご自身の圃場のこれまでの管理履歴や作物の生育状況と照らし合わせて多角的に評価することが重要です。診断機関が提供する基準値はあくまで一般的な目安として捉え、ご自身の圃場に合った目標値を設定することを考えましょう。

診断結果に基づいた土壌改善計画の立て方

土壌診断結果の読み解きが終わったら、いよいよ具体的な改善計画を立てます。再生農業における土壌改善は、単に不足している養分を補うだけでなく、土壌そのものの生命力を高めることを目指します。

  1. 目標設定:

    • 診断結果と照らし合わせ、現状の課題(例: 腐植含量が低い、リン酸が過剰、団粒構造が未発達など)を明確にします。
    • これらの課題を解決するために、再生農業の原則(土壌被覆、作物多様化、耕耘頻度低減、有機物投入、家畜統合など)に基づいた具体的な目標(例: 腐植含量をX年でY%まで増やす、特定の養分バランスをZに改善するなど)を設定します。短期的な目標と、数年〜10年といった長期的な目標を立てます。
  2. 優先順位の決定:

    • 複数の課題がある場合、どれから取り組むのが最も効果的か、コストや労力、リスクを考慮して優先順位をつけます。例えば、極端なpHは他の養分吸収にも影響するため、優先度が高いかもしれません。あるいは、土壌物理性の悪さが根張りを阻害している場合は、物理性改善(団粒化促進など)を優先する判断もあり得ます。
  3. 具体的な改善策の選択と計画への落とし込み:

    • 設定した目標と優先順位に基づき、具体的な再生農業の実践手法を選択します。
      • 腐植含量向上、団粒化促進: カバークロップの導入、有機物の投入(堆肥、緑肥、植物残渣の活用)、不耕起・浅耕。
      • 養分バランス調整: 不足している成分を含む有機物や、必要最低限の天然由来ミネラル資材の補給。過剰な成分については、その原因(過去の施肥履歴など)を考慮し、流入を抑える措置(施肥量・種類の見直しなど)を講じます。
      • 病害抑制・生物多様性向上: 輪作・間作、カバークロップの選択、圃場周辺の環境整備(バンカープランツなど)。
    • 選択した手法を、作付け計画や作業スケジュールに具体的に落とし込みます。いつ、どの圃場に、どのカバークロップを播種するのか?堆肥はどの時期に、どのくらい投入するのか?といった具体的な行動計画が必要です。
  4. モニタリングと計画の見直し:

    • 計画を実行したら、その効果を定期的にモニタリングします。作物の生育状況、圃場の観察(土の色、香り、手触り、生物の活動など)、そして次回の土壌診断結果が重要な指標となります。
    • モニタリング結果や予期せぬ事態(異常気象など)に応じて、計画を柔軟に見直します。土壌改善は一朝一夕にはできません。根気強く取り組み、変化を観察し、学び続ける姿勢が重要です。通常、少なくとも数年、場合によっては10年単位の視点が必要となります。

再生農業における土壌診断の継続的な活用

一度土壌診断を受けただけで全てが解決するわけではありません。再生農業の実践によって土壌は変化していきます。その変化が良い方向に向かっているか、あるいは新たな課題が生じていないかを確認するために、定期的な土壌診断とモニタリングを継続することが非常に重要です。

例えば、再生農業に移行して数年後、有機物の投入やカバークロップの効果で腐植含量が増加し、団粒構造が発達してきたことが診断結果や観察から確認できれば、それは取り組みが成功している証です。一方で、特定の養分が不足してきた、あるいは微生物の活動が思ったほど高まっていないといった課題が見つかれば、計画を見直す必要があります。

土壌診断は、再生農業という長期的な旅における現在地を示してくれる羅針盤のようなものです。その羅針盤を正しく読み解き、次の目的地に向けて計画的に進んでいくことが、再生農業の成功、ひいては持続可能で収益性の高い農業経営に繋がります。

もし、診断結果の読み解きや改善計画の立て方についてさらに専門的なアドバイスが必要な場合は、地域の農業試験場や普及指導員、土壌医などの専門家に相談することも大変有効です。これまでのご経験に、科学的なデータを掛け合わせることで、より確実な一歩を踏み出すことができるでしょう。