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再生農業で使う種子・苗、慣行農法との違いは?選び方と育て方のポイント

Tags: 再生農業, 種子, 苗, 品種選び, 固定種, 苗作り

はじめに:長年の経験と、新しい農業の種子・苗選び

長年農業を続けてこられた皆さんにとって、作物の生育を左右する種子や苗選びは、経験に基づく確かな目と、信頼できる種苗会社との関係によって培われてきた領域でしょう。再生農業への転換を考える際に、「今まで使っていた種子や苗は、そのまま使えるのだろうか?」「再生農業には、何か特別な種子や苗が必要なのだろうか?」といった疑問や不安をお持ちになるのは、ごく自然なことです。

再生農業は、土壌の健康を回復・維持し、生態系の力を活かすことを目指す農業です。この考え方は、種子や苗の選び方、そしてその育て方にも深く関わってきます。単に品種を変えるということだけでなく、土壌との相互作用、病害虫との向き合い方、そして作物が持つ本来の力を引き出すという視点が変わってきます。

この記事では、再生農業における種子・苗選びの基本的な考え方と、慣行農法との違い、そして健全な作物生育のための具体的なポイントについて解説します。皆さんが培ってこられた経験を活かしつつ、再生農業の視点を取り入れる上でのヒントとなれば幸いです。

再生農業における種子・苗選びの基本的な考え方:なぜ選び方が変わるのか

再生農業では、化学肥料や農薬に極力頼らず、土壌微生物の働きや植物の持つ自己防御力を高めることで、病害虫に強く、環境の変化にも対応できる作物を育てることを目指します。このため、種子や苗を選ぶ上でも、以下のような点が重要視されます。

  1. 土壌や環境への適応性: その地域の土壌特性や気候に適した品種を選ぶことが、化学的な投入なしで健全に育つための第一歩となります。地域の在来種や固定種などが注目される理由の一つです。
  2. 病害虫抵抗性: 単に特定の病害に強いというだけでなく、土壌の健康や圃場の生態系の中で、病害虫の発生を抑制し、作物自身が病害に打ち勝つ力を持つような品種特性や、そのような力を引き出す育て方が重視されます。
  3. 栄養価と品質: 健康な土壌で育った作物は、栄養価が高く、風味豊かになる傾向があります。再生農業では、そのような作物の質を高める可能性を秘めた種子・苗にも関心が寄せられます。
  4. 多様性: 品種だけでなく、圃場全体の生物多様性を高める一環として、様々な特性を持つ品種を組み合わせることで、病害虫リスクの分散や、異なる環境への対応力を高めることも考えられます。

慣行農法では、均一性や多収性、特定の病害に対する抵抗性を追求したF1品種(一代交配種)が広く利用されてきました。F1品種は優れた形質を持つ一方で、環境適応性や栄養価の面で、再生農業の目指す方向性と必ずしも一致しない場合もあります。

慣行農法で一般的な種子と、再生農業で注目される種子・苗の違い

ここでは、慣行農法で広く使われるF1品種と、再生農業で注目される固定種、在来種、自家採種について解説します。

F1品種(一代交配種)の特性と再生農業での位置づけ

特性: * 両親の良い形質を受け継ぎ、収量や品質が安定しやすい。 * 生育が均一で、栽培管理や収穫作業がしやすい。 * 特定の病害に対する抵抗性を持つ品種が多い。

再生農業での位置づけ: F1品種は、土壌や管理方法が合えば、再生農業でも安定した生産を行う上で有効な選択肢の一つになり得ます。特に、病害抵抗性のある品種は、化学農薬を使わない栽培において重要な役割を果たすことがあります。しかし、環境適応性は品種によって異なり、また土壌微生物との相互作用に関する研究はまだ途上です。必ずしもF1品種が再生農業に不向きというわけではありませんが、その特性を理解し、地域の環境や自身の土壌に合った品種を選ぶことが重要です。F1品種からは優れた形質を受け継いだ種子を自家採種することはできません。

固定種・在来種の魅力と課題

特性: * 何代にもわたって特定の地域で栽培され、その地域の環境に適応していることが多い。 * 遺伝的な多様性があり、多様な環境変化に対応しやすい可能性がある。 * 独自の風味や栄養価を持つものが多い。 * 自家採種が可能で、翌年以降も同じ形質を持つ種子を得られる。

再生農業での魅力: 地域の環境への適応性の高さや、多様性、自家採種の可能性といった点が、再生農業の考え方と合致します。健全な土壌で育てることで、固定種や在来種本来の力を十分に引き出すことができると考えられます。

課題: * 収量や品質がF1品種に比べて不安定になる場合がある。 * 生育が不均一で、栽培管理に手間がかかることがある。 * 特定の病害に対する抵抗性が低い場合がある。 * 市場での流通量が少なく、入手しにくい場合がある。

これらの課題に対しては、土壌の健康を高めることや、栽培管理の工夫、他のリスク分散策(輪作、間作など)を組み合わせることで対応していくことになります。

自家採種の可能性と注意点

可能性: 固定種や在来種であれば、自家採種によって翌年以降の種子を自分で確保できます。これにより、種子購入コストの削減、自分の圃場に最も適した系統の選抜(その年健康に育った株から採種するなど)といったメリットが生まれます。

注意点: * F1品種からは自家採種しても親と同じ形質を持つ種子(F2以降)は得られません。形質がばらついたり、劣ったりすることが多いです。 * 採種する際の隔離や、病気に罹った株からの採種を避けるなど、正しい採種技術が必要です。病害の伝染リスクもあります。 * 採種した種子の発芽率や品質管理も重要です。

自家採種を行う場合は、信頼できる情報源や経験者から知識を得て、少量から試してみることをお勧めします。

健全な苗作りの重要性:良い種子・苗を活かすための土壌と管理

再生農業では、種子や苗の選択だけでなく、その後の育て方、特に苗の時期の管理が非常に重要です。いくら良い種子を選んでも、弱い苗になってしまっては、その後の生育に悪影響が出ます。

培地の考え方(化学肥料不使用など)

苗を育てる培地には、化学肥料を含まない有機質の培地が適しています。堆肥化されたバークやココピート、もみ殻、米ぬかなどを組み合わせた培地を使用します。微生物の多様性を意識した培地は、苗の根の健全な発達を促し、土壌病害の発生を抑える効果も期待できます。

水管理と温度管理

水のやりすぎは根腐れの原因となり、病害発生のリスクを高めます。培地の表面が乾いたら十分に与えるというメリハリのある水やりが基本です。また、適切な温度管理も重要です。特に夜間は、苗が徒長しないように温度をやや低めに保つことが有効です。

徒長させない工夫

光量不足、高温多湿、窒素過多は苗を徒長させる主な原因です。 * 光: 十分な光が得られる場所で育苗します。育苗ハウスの被覆材の汚れなども確認しましょう。 * 温度: 適温で管理します。特に夜間温度を上げすぎないように注意します。 * 窒素: 化学肥料を使わない培地を選び、有機質の培地でも過剰な分解による窒素過多にならないように注意します。

しっかりした茎を持ち、節間が詰まった健康な苗を目指します。

移植の際の注意点

苗を圃場に移植する際は、根鉢を崩さないように丁寧に扱い、根を傷つけないことが重要です。移植前に苗に十分な水を与え、移植後も活着するまでは水管理に注意します。土壌が健康であれば、移植後の活着もスムーズに進み、病害虫への抵抗力も高まります。

病害に強い作物を育てるための総合的な視点

再生農業において、病害に強い作物を作ることは、特定の病害抵抗性品種を選ぶことだけを意味しません。以下の要素を総合的に組み合わせることで、作物の持つ本来の力を引き出し、病害に強い圃場環境を作ります。

種子や苗の選択は、これらの総合的な取り組みの中の一つの重要な要素であると理解することが大切です。

導入に向けた実践的なアドバイス:どこから始めるか、リスクとコスト

慣行農法で長年培ってきた種子・苗選びや育苗の方法を、いきなり全て切り替えるのは不安があるかもしれません。再生農業における種子・苗の考え方を取り入れるための段階的なアプローチを提案します。

まとめ:再生農業における種子・苗選びの意義

再生農業における種子・苗選びは、単に「どの品種を植えるか」という選択に留まりません。それは、健康な土壌を作り、作物の持つ本来の力を引き出し、病害に強い健全な生育を実現するための、総合的な営みの一部です。

長年の農業経験で培われた皆さんの知識と感覚は、再生農業においても必ず活かされます。ご自身の圃場の状態や地域の環境を見つめ直し、この記事で紹介した種子・苗の特性や育て方のポイントを参考にしながら、最適な選択肢を見つけていくプロセスを楽しんでいただければと思います。再生農業への一歩として、種子・苗選びから始めてみるのも良いかもしれません。