再生農業に移行したら水管理に注意すべき点は?灌水・排水の具体的な考え方
再生農業への転換を検討されている多くの農家様にとって、長年培ってこられた栽培技術の中でも、特に「水管理」は経験に基づいた重要なノウハウの一つではないでしょうか。しかし、再生農業では土壌の状態が慣行農法とは異なってくるため、これまでと同じ水管理ではうまくいかない、あるいは新しい注意点が出てくる可能性があります。
この記事では、再生農業における土壌の変化が水管理にどう影響するのか、そして適切な灌水・排水を行うための具体的な考え方と、移行期に特に注意すべき点について解説します。
再生農業における土壌と水管理の関係性
慣行農法では、耕うんや化学肥料の投入、農薬の使用などが土壌構造に影響を与え、有機物の分解が早すぎたり、土壌が緻密になりすぎたりすることがあります。その結果、土壌の保水性や排水性が低下し、乾燥や滞水のリスクが高まる傾向が見られます。そのため、きめ細やかな灌水や排水対策が欠かせません。
一方、再生農業で目指すのは、土壌の物理性、化学性、生物性の総合的な改善です。具体的には、不耕起・浅耕、多様なカバークロップの導入、有機物の持続的な供給などを通じて、以下のような土壌の変化が期待できます。
- 土壌団粒構造の発達: 土壌粒子が微生物の働きや植物の根によって結びつき、団粒と呼ばれる集合体を形成します。この団粒の間には、水と空気が保持される隙間が多くできます。
- 有機物含量の増加: 未分解・分解途中の有機物が増えることで、土壌の保水性が向上します。また、有機物は微生物の餌となり、団粒形成を促進します。
- 生物多様性の向上: 糸状菌や細菌、ミミズなどの土壌生物が増えることで、土壌が耕され、孔隙(あな)が増加します。これにより、排水性や通気性が改善されます。
これらの変化により、再生農業の土壌は、慣行農法と比べて「水持ちが良く、かつ水はけが良い」という、作物の生育にとって理想的な状態に近づいていきます。つまり、乾燥しにくく、大雨が降っても根が酸素不足になりにくい土壌になる可能性が高いのです。
再生農業における灌水・排水の考え方
土壌の性質が変わることで、水管理の考え方も自然と変化してきます。
灌水について:頻度よりも「必要な時に、必要なだけ」
土壌の保水性が向上するため、慣行農法ほど頻繁な灌水が必要なくなる場合があります。重要なのは、土壌の乾燥具合や作物の状態を注意深く観察し、「本当に水が必要な時」に灌水することです。
- 土壌の観察: 土壌の表面だけでなく、根の生育層の水分状態を確認することが重要です。土壌水分計の利用や、手で土を握ってみるなどの経験的な方法も有効です。団粒構造が発達した土壌は、乾いていてもサラサラになりすぎず、適度な湿り気を保ちやすい傾向があります。
- 作物の観察: 作物の葉の色、張り、朝夕のしおれ具合などを観察します。ただし、土壌が乾燥していないのに日中に一時的に葉がしおれる場合は、根の活性や気候条件によるものかもしれませんので、土壌状態との総合的な判断が必要です。
- 気候条件: 長期間の干ばつ予報が出ている場合や、非常に高温乾燥が続く時期は、土壌の種類に関わらず灌水が必要になることがあります。しかし、再生農業の土壌は干ばつストレスに対して比較的強い傾向があります。
灌水の際は、一度に大量に与えすぎず、土壌が水分をゆっくりと吸収できる量を与えるのが理想です。表面を濡らすだけでなく、根の届く深さまで水が行き渡るようにすることが大切です。
排水について:内部排水の促進が鍵
土壌の団粒構造の発達や生物相の豊かさにより、土壌自体の内部排水性が向上します。これにより、滞水のリスクが軽減されます。しかし、地形的な問題や極端な豪雨の場合など、物理的な排水対策が必要なこともあります。
- 土壌改善による内部排水: これこそが再生農業の排水対策の核心です。継続的な有機物の投入、カバークロップの根による物理的な孔隙形成、ミミズなどの活動促進によって、土壌中の水の通り道が増え、過剰な水分が自然と地下に浸透しやすくなります。
- 物理的な排水対策: 圃場全体の排水性が構造的に低い場合は、明渠や暗渠といった従来の排水設備も必要になる場合があります。ただし、暗渠設置などの大規模な工事は、土壌を大きく disturbed (撹乱)するため、再生農業の原則からは離れる行為です。可能な限り土壌改善による内部排水能力向上を目指し、物理的な対策は最後の手段と考えるのが良いでしょう。
- 水田の転換: 水田から畑への転換など、元々湛水環境だった場所を再生農業で活用する場合は、特に排水性の確保が重要になります。この場合も、まずは徹底した土壌改善(有機物投入、カバークロップ等)による団粒化・透水性向上を目指すことが基本となります。
慣行農法からの移行期に注意すべき点
長年の慣行農法から再生農業に移行する初期段階では、土壌がまだ十分に改善されていないため、水管理に特に注意が必要です。
- 土壌の変化を注意深く観察する: 移行期間は、土壌の団粒化や有機物増加が段階的に進みます。雨が降った後の水の浸み込み方、乾燥する速さ、土の柔らかさなどを継続的に観察し、水持ちや水はけの変化を感じ取ることが重要です。
- 初期の排水不良リスク: 特に不耕起や浅耕を始めたばかりで、まだ土壌の団粒化が進んでいない重粘土などでは、一時的に水の浸透が悪くなり、表層滞水が起こりやすくなる可能性があります。耕盤層が残っている場合は、初期の対策としてサブソイラなどが必要になるケースもゼロではありませんが、これも土壌を撹拌するため、その後の土壌回復への配慮が必要です。
- 初期の乾燥リスク: 一方で、有機物が少なく保水性の低い土壌で急に不耕起にしたり、十分なカバークロップが育たないまま乾燥期に入ったりすると、表層が硬くなり乾燥しやすくなるリスクもあります。この場合は、初期のカバークロップの選定や、残渣の適切な管理が重要になります。
- 段階的な移行: 一度に圃場全体を再生農業に切り替えるのではなく、一部の圃場で試験的に導入し、その圃場での土壌や作物の反応、水管理の変化を観察しながら、徐々に拡大していく方法も有効です。
まとめ
再生農業における水管理は、慣行農法のように外部からの「管理」に重きを置くというよりも、「土壌そのものの水管理能力を高める」ことに主眼が置かれます。土壌が健康になればなるほど、保水性と排水性が両立し、自然の摂理に基づいた安定した水循環が圃場内で実現されるようになります。
長年のご経験で培われた水管理の感覚は非常に貴重な財産ですが、再生農業への移行に伴う土壌の変化を理解し、その変化に合わせて灌水・排水の考え方を柔軟に調整していくことが成功の鍵となります。まずはご自身の圃場の土壌が再生農業の手法によってどのように変化していくのかを注意深く観察し、記録することから始めてみてはいかがでしょうか。その観察こそが、再生農業での最適な水管理を見つけるための最も確実な一歩となるはずです。