再生農業への転換でつまずかないために：経験農家が知っておくべきリスクと回避策
再生農業への関心が高まる中、長年培った慣行農法から新たな農法への転換には、少なからず不安が伴うことと思います。特に、これまでの経験があるからこそ、「本当にこれで大丈夫なのか」「失敗したらどうなるのか」といった具体的な懸念をお持ちの農家さんもいらっしゃるでしょう。
この記事では、再生農業への移行期に想定される主なリスクとその回避策について、経験豊富な農家さんの視点に立って解説します。リスクを正しく理解し、計画的に対策を講じることで、転換の道のりをより確かなものにすることができます。
再生農業への移行期に想定される主なリスク
再生農業への転換は、土壌生態系の改善や生物多様性の向上を通じて、持続可能な農業経営を目指すものです。しかし、その過程で慣行農法とは異なる様々な課題に直面する可能性があります。想定される主なリスクは以下の通りです。
1. 初期的な収量の低下
再生農業に切り替えた直後は、土壌の微生物相や物理性が変化する過程で、作物の生育が不安定になり、一時的に収量が低下するリスクがあります。特に、化学肥料や農薬に大きく依存していた圃場ほど、土壌が健全な状態に戻るまでに時間がかかる場合があります。
2. 病害虫・雑草管理の難しさ
化学農薬の使用を控える、あるいはやめることで、これまで慣行的に行ってきた病害虫や雑草の管理方法が通用しなくなることがあります。新たな天敵との共存、土壌の自己防御機能の活用、物理的・機械的な防除など、新しい管理技術の習得と実践が必要になりますが、これには試行錯誤が伴います。
3. 土壌状態の悪化リスク
再生農業の手法（不耕起、カバークロップ、有機物投入など）を圃場の現状や地域の環境に合わない方法で導入した場合、かえって土壌の物理性や化学性が悪化する可能性もゼロではありません。例えば、不適切な時期の耕うんやカバークロップの管理などが挙げられます。
4. 移行に伴うコスト増
初期の土壌改良資材（堆肥、緑肥種子など）の購入、新しい機械・ツールの導入（不耕起対応播種機など）、研修参加費、土壌診断費用など、転換期には新たなコストが発生する可能性があります。また、収量低下が起こった場合の収入減も考慮に入れる必要があります。
5. 技術習得と情報の混乱
再生農業には様々な手法があり、情報も多岐にわたります。どの情報を信頼し、自分の圃場や作物に合った技術をどう選択し、実践していくかには時間と労力がかかります。誤った情報に基づいた判断が、失敗につながるリスクも考えられます。
6. 慣行農法との考え方の違いによる戸惑い
長年の慣行農法の経験から培われた「作物ありき」の考え方から、「土壌・生態系ありき」という再生農業の考え方へのシフトは、精神的な戸惑いを伴うことがあります。特に、見た目の「きれいさ」よりも土壌の健全性や生態系のバランスを重視する視点への転換が必要です。
これらのリスクを回避するための具体的な対策
想定されるリスクに対して、事前に適切な対策を講じることで、転換の成功確率を高めることができます。
1. 段階的な移行計画
一度に圃場全体を再生農業に切り替えるのではなく、まずは一部の圃場や特定の作物で試験的に導入することをおすすめします。成功事例を積み重ねながら、徐々に適用範囲を広げていくことで、リスクを分散し、学びながら進めることができます。
2. 土壌診断に基づく計画策定
転換前に必ず詳細な土壌診断を実施し、圃場の現状を正確に把握することが重要です。診断結果に基づき、どのような土壌改良が必要か、どのような再生農業の手法が適しているかを検討することで、手戻りや無駄なコストを削減できます。「再生農業における土壌診断の重要性」の記事も参考にしてください。
3. 情報収集と技術習得への投資
信頼できる情報源（研究機関、経験者、専門家など）から情報を収集し、研修会やセミナーに積極的に参加して、再生農業に関する知識と技術を習得します。地域の再生農業に取り組む農家との情報交換も非常に有効です。
4. 土壌被覆と有機物投入の徹底
土壌の健全性を高めるための最も基本的な対策の一つが、土壌被覆（カバークロップなど）と適切な有機物（堆肥、緑肥など）の投入です。「再生農業での土壌被覆（カバークロップ）の効果」や「再生農業で使う有機物の種類と選び方」の記事で詳細を解説しています。これらは、土壌の物理性・化学性の改善、微生物相の多様化、雑草抑制などに効果を発揮し、様々なリスクを軽減します。
5. 病害虫・雑草に対する総合的管理（IPM）
化学農薬に頼らない管理は、土壌の健全性を高め、天敵を保護・活用することから始まります。具体的な対策として、輪作・間作による病害回避、抵抗性品種の選択、物理的防除、生物的防除などを組み合わせた総合的なアプローチを行います。「再生農業での病害虫・雑草管理」の記事も参考にしてください。
6. 長期的な視点と観察
再生農業による土壌や生態系の改善は、一夜にして起こるものではありません。数年から十年単位の長期的な視点が必要です。変化を注意深く観察し、記録を取り、必要に応じて計画を修正していく柔軟性が求められます。土壌診断などを定期的に行い、改善の度合いを評価することも重要です。「再生農業で目指す土壌と農場の健全性」の記事も役立つでしょう。
7. 資金計画と補助金の活用
転換に伴うコストを事前に把握し、資金計画を立てます。国や自治体によっては、有機農業や環境保全型農業に対する補助金制度がある場合があります。これらの制度を積極的に活用することで、初期投資や移行期間中の経済的負担を軽減できる可能性があります。
失敗事例から学ぶ教訓
再生農業への転換で「つまずく」ケースには、いくつかの共通点が見られます。
- 準備不足での急激な転換: 土壌診断や情報収集が不十分なまま、慣行農法からいきなり全面的に切り替える。
- 一つの手法への過信: 不耕起や特定の資材投入など、特定の手法だけを導入すれば全て解決すると考える。
- 短期的な成果への固執: 初期に収量低下や病害虫の増加が見られた際に、すぐに慣行農法に戻してしまう。
- 圃場の多様性を無視した一律の管理: 圃場内の条件の違いを考慮せず、全て同じ方法で管理する。
これらの失敗から学ぶべきは、再生農業への転換は「手法の変更」だけでなく、「農業観の転換」であり、土壌や生態系との対話を深め、計画的に、そして柔軟に進める必要があるということです。
まとめ
再生農業への転換にはリスクも伴いますが、それらを事前に理解し、適切な対策を講じることで、着実に、そして成功裏に進めることが可能です。
- 段階的な移行を検討しましょう。
- 土壌診断に基づいた計画を立てましょう。
- 情報収集と技術習得に投資しましょう。
- 土壌の健全化を最優先に進めましょう。
- 長期的な視点を持ち、圃場の変化を観察しましょう。
経験豊富な農家さんのこれまでの知識と経験は、再生農業においても大きな強みとなります。慣行農法で培った観察眼や作物の知識を活かしながら、新しい土壌・生態系の視点を取り入れることで、より強靭で持続可能な農業経営を築いていけるはずです。
転換に関してさらに疑問や不安があれば、専門家や地域の普及指導員、そして既に再生農業に取り組んでいる仲間に相談してみることをおすすめします。