再生農業での作物栄養は土壌微生物が鍵?多様な微生物の役割と増やし方
再生農業における作物栄養と土壌微生物の関係性:なぜ今、微生物に注目するべきなのか
長年の農業経験をお持ちの皆様にとって、「作物に栄養を与える」ことは、肥料を施すことと深く結びついているかもしれません。しかし、再生農業では、作物が健やかに育つために必要な栄養を、土壌そのものが供給できる状態、つまり「土壌の健康」を重視します。この土壌の健康を支える立役者こそが、土壌微生物です。
慣行農法では、化学肥料によって作物が直接栄養を吸収しやすい形にすることが一般的でした。しかし、再生農業では、土壌微生物が有機物を分解し、ミネラルを可溶化し、作物が利用できる形に変換するプロセスを最大限に活かします。土壌微生物の多様性が高いほど、この栄養循環システムは効率的に機能します。
この記事では、再生農業において土壌微生物が作物栄養にどのように貢献するのか、そして畑の土壌微生物を多様で豊かに保つためには具体的にどのような実践が有効なのかを解説します。
土壌微生物が作物栄養にとって重要な理由
土の中には、細菌、糸状菌(カビ)、放線菌、藻類、原生動物など、驚くほど多様な微生物が生息しています。これらの微生物は、単に有機物を分解するだけでなく、作物にとって不可欠な様々な役割を果たしています。
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栄養素の可溶化と循環:
- 土壌中のリン酸やカリウム、微量要素は、多くが作物にとって直接利用できない不溶性の形で存在しています。特定の細菌や糸状菌は、有機酸などを分泌することでこれらの栄養素を溶かし、作物が吸収できる形に変換します。
- 窒素は、有機態窒素をアンモニウム態窒素や硝酸態窒素に分解する過程(無機化)や、空気中の窒素を固定する(根粒菌など)ことで供給されます。これらのプロセスも、土壌微生物が担っています。
- 微生物自身が栄養素を取り込み、死骸として土壌中に蓄積することで、ゆっくりと栄養が放出される「微生物バイオマス」として機能します。
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土壌団粒構造の形成:
- 微生物の活動によって分泌される多糖類や、糸状菌の菌糸は、土壌粒子を結びつけ、安定した団粒構造の形成を促進します。
- 団粒構造が発達した土壌は、水はけ・水持ちが良くなり、通気性が向上します。これにより、作物の根が伸びやすくなるだけでなく、酸素を必要とする好気性微生物が活動しやすい環境が整います。
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病原菌の抑制:
- 多様な微生物群集が存在する土壌では、特定の病原菌が異常繁殖しにくくなります(拮抗作用)。これは、微生物同士の生存競争や、抗生物質のような物質を分泌することによるものです。
- 健康な土壌微生物相は、作物の根圏を守る「バリアー」のような役割を果たします。
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植物ホルモンの分泌:
- 一部の土壌微生物は、作物の生育を促進する植物ホルモン(オーキシン、ジベレリンなど)や、ビタミン類を分泌することが知られています。
土壌微生物の多様性を高める具体的な方法
土壌微生物の多様性と活性を高めるためには、微生物が快適に活動できる環境を整え、彼らの「餌」を多様に供給することが鍵となります。
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多様な有機物の投入:
- 堆肥、緑肥、作物残渣、カバークロップなど、様々な種類の有機物を畑に供給します。これにより、様々な微生物が利用できる多様な「餌」が提供され、特定の微生物だけでなく多様な微生物群集が維持されやすくなります。
- 未分解の有機物は、微生物が活動するエネルギー源となります。完全に熟成した堆肥だけでなく、作物の種類や状態を変えながら投入することも有効です。
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不耕起または最小耕起の実践:
- 頻繁な耕耘は、土壌構造を破壊し、微生物のすみかを壊してしまいます。特に糸状菌の菌糸ネットワークは耕耘によって大きくダメージを受けます。
- 不耕起または最小耕起は、土壌の物理構造を維持し、微生物相を安定させる効果があります。土壌表面の作物残渣は微生物の餌となり、乾燥や温度変化から土壌を守る役割も果たします。
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多様な作物の輪作・間作:
- 特定の作物を連作すると、その作物に共生する、あるいは病原となる特定の微生物が優占しやすくなります。
- 様々な科の作物を組み合わせた輪作や間作を行うことで、多様な根圏環境が生まれ、それに伴って多様な土壌微生物が維持されやすくなります。特に、根粒菌と共生するマメ科作物や、土壌を浄化する効果があるソルガムなどが有効です。
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化学肥料・農薬の使用抑制:
- 過剰な化学肥料(特に易溶性の窒素肥料)は、微生物による有機物分解を抑制することがあります。また、塩類濃度の上昇は微生物にストレスを与えます。
- 殺菌剤、殺虫剤、除草剤の一部は、非標的である土壌微生物にも影響を与える可能性があります。微生物の多様性を保つためには、これらの資材の使用を最小限に抑えることが望ましいです。
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適切な水分管理:
- 極端な乾燥や過湿は、多くの土壌微生物の活動を抑制します。適度な水分状態を保つことが重要です。排水対策や灌水などを適切に行いましょう。
実践上のポイントと注意点
土壌微生物相の改善は、短期間で劇的な効果が現れるものではありません。数年単位の取り組みとして、焦らずじっくりと観察しながら進めることが重要です。
- 土壌の変化を観察する: 土の色や匂い、手触り、ミミズの数などを観察することで、土壌微生物の活動の高まりを感じ取ることができます。土壌がふかふかになり、カビのような匂いがするようになったら、良い兆候です。
- 土壌診断の活用: 市販の土壌診断サービスには、pHやECだけでなく、土壌呼吸量(微生物活性の指標)や、特定の微生物群の量を測定できるものもあります。これらを活用することで、見えない土壌の中の変化を数値で把握することができます。
- 微生物資材の利用: 特定の機能を持つ微生物資材も市販されています。これらは補助的に利用することができますが、資材に頼るだけでなく、畑の土壌そのものが微生物の活動を支える力をつけることが再生農業の本質です。資材を選ぶ際は、ご自身の土壌の状態や目的に合ったものを選ぶことが大切です。
- コストと労力: 多様な有機物の確保や、不耕起・最小耕起への移行には、新たな知識や技術、場合によっては新しい農機具が必要になることもあります。初期投資や移行期間の収益への影響なども考慮し、計画的に進めることが重要です。
まとめ
再生農業における作物栄養は、化学肥料に頼るのではなく、土壌微生物の活動を最大限に引き出すことで実現されます。多様な土壌微生物は、栄養素の供給、土壌構造の改善、病害抑制など、作物生育にとって不可欠な役割を担います。
土壌微生物を増やし、多様性を高めるためには、多様な有機物の投入、不耕起・最小耕起、多様な作物の栽培、化学資材の抑制、適切な水分管理などが有効な手段となります。
すぐに結果が出るものではありませんが、土壌微生物の活動を意識した土づくりは、長期的に見て、より強く、健康な作物を育て、持続可能な農業経営を築くための重要な一歩となるでしょう。ご自身の畑の土壌と向き合い、微生物たちの力を借りながら、豊かな土づくりを目指してください。