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再生農業における土壌診断の重要性:検査項目と具体的な活用ステップ

Tags: 再生農業, 土壌診断, 土づくり, 土壌改良, 農地管理

再生農業への転換を考える際、長年培ってきた経験に基づいた土壌への理解をお持ちの皆様も、改めて土壌診断の重要性について疑問を持たれることがあるかもしれません。慣行農法でも土壌診断は行いますが、再生農業における診断の目的や活用方法は、これまでの考え方と少し異なる側面があります。

この疑問にお答えするため、ここでは再生農業において土壌診断がなぜ重要なのか、どのような点に注目すべきか、そして診断結果をどのように日々の農業経営に活かしていくのか、具体的なステップを解説します。

再生農業における土壌診断の目的と重要性

慣行農法における土壌診断は、主に作物の生育に必要な養分(チッソ、リン酸、カリなど)が土壌中にどのくらい含まれているか、pHは適正かなどを把握し、その結果に基づいて肥料設計を行うことに重点が置かれていました。これは、土壌を「作物への養分供給源」と捉え、化学肥料などで生育を最適化しようとする考え方に基づいています。

一方、再生農業における土壌診断の目的は、単なる養分バランスの確認に留まりません。再生農業では、土壌そのものを「生きた生態系」と捉え、土壌の健康状態を総合的に評価することを目指します。これにより、以下のような点を把握し、土壌生態系を豊かにし、自然の力を最大限に引き出すための手がかりを得ます。

このように、再生農業における土壌診断は、土壌の物理性、化学性、そして特に生物性の側面を総合的に評価し、「土壌が自律的に作物を支える力」がどの程度備わっているかを知るための重要な手段となります。これにより、闇雲な資材投入ではなく、土壌の抱える根本的な課題に基づいた、より効果的で持続可能な改善策を講じることができます。

再生農業で注目すべき土壌診断項目

慣行農法で一般的なpH、EC、主要三要素(N, P, K)、CECといった項目に加え、再生農業への転換期や実践中に特に注目したい項目をいくつかご紹介します。

  1. 物理性:

    • 土壌硬度: 硬さの測定。根の伸長や水・空気の流れに影響します。
    • かさ密度(容積重): 土壌の詰まり具合を示す指標。小さいほど団粒構造が発達し、通気性が良いとされます。
    • 有効積算温度: 堆肥化や土壌活性の指標。
  2. 化学性:

    • 有機物含有率(腐植): 土壌炭素の量。土壌の物理性・化学性・生物性の源です。慣行農法よりも高いレベルを目指します。
    • CEC (塩基置換容量): 陽イオンを保持する能力。土壌の保肥力と養分の保持能力を示します。有機物が増えると向上します。
    • 主要元素以外の微量要素: ホウ素、マンガン、亜鉛、銅など。植物の健全な生育や病害抵抗性に関わります。
    • 硝酸態チッソ以外のチッソ形態: アンモニウム態チッソなど、チッソの形態バランスも重要です。
  3. 生物性:

    • 土壌呼吸量: 微生物の活動の指標。二酸化炭素の放出量を測定します。
    • 微生物バイオマス炭素・チッソ: 土壌中の生きた微生物の量を炭素量・チッソ量で評価します。
    • 特定の微生物群の活性/量: 細菌、糸状菌、アーバスキュラー菌根菌などのバランスや量を調べる高度な診断もあります。
    • ATP量: 土壌中の微生物の総エネルギー量を示す指標。活性の目安になります。

これらの項目を総合的に見ることで、土壌が単なる鉱物質の塊ではなく、生きた生態系としてどのように機能しているかをより深く理解することができます。特に生物性に関する項目は、慣行農法ではあまり重視されませんでしたが、再生農業ではその活性を高めることが目標となるため、非常に重要な指標となります。

診断結果の具体的な活用ステップ

土壌診断は「結果を得る」こと自体が目的ではなく、その結果を元に「土壌を改善する」「経営判断に活かす」ことが最も重要です。診断結果を効果的に活用するためのステップをご紹介します。

  1. 診断結果の多角的な解釈:

    • 単一の項目の数値に一喜一憂せず、複数の項目を組み合わせて総合的に判断します。例えば、有機物が多くても土壌呼吸量が低ければ、有機物の質や微生物の種類に課題がある可能性が考えられます。
    • 化学性の数値(pH、養分)だけでなく、物理性や生物性の数値が示唆することに注目します。特に生物性は、再生農業の取り組み(カバークロップ、有機物投入、不耕起など)によって変化が出やすい項目です。
    • 可能であれば、慣行管理をしていた圃場の過去のデータや、近隣の再生農業実践者のデータと比較してみると、自身の圃場の立ち位置や課題がより明確になることがあります。
  2. 土壌の課題の特定と優先順位付け:

    • 診断結果から、物理的な硬さ、有機物の不足、微生物活性の低さなど、土壌の根本的な課題を特定します。
    • 一度に全てを改善することは難しいため、最もボトルネックとなっている課題に優先順位をつけます。例えば、排水性が悪く微生物活性が低い場合は、まず物理性の改善(団粒化促進)が優先課題となるかもしれません。
  3. 課題に基づいた改善策の検討と実践:

    • 特定された課題に対して、どのような再生農業の手法が有効か検討します。
      • 例1: 土壌が硬い → カバークロップの深根性植物、不耕起、有機物投入による団粒化促進
      • 例2: 有機物が少ない → 堆肥・緑肥の積極的な利用、残渣の圃場還元
      • 例3: 微生物活性が低い → 多様な有機物投入、農薬・化学肥料の削減、カバークロップによる根圏環境の改善
    • これらの改善策を実際の営農計画に落とし込み、実践を開始します。
  4. 継続的な診断と改善のサイクル:

    • 一度診断して終わりではなく、定期的に(例えば1〜2年に一度)同じ圃場で診断を繰り返します。
    • 取り組みによって土壌がどのように変化しているかを経年で追跡し、改善効果を評価します。
    • 診断結果の変化を見て、さらに次の改善策を検討・実践するというサイクルを繰り返すことで、土壌の再生を持続的に進めることができます。

診断頻度と費用について

土壌診断の頻度は、圃場の現在の状態や取り組みの進捗状況によって異なりますが、再生農業への移行初期は1〜2年に一度の診断をおすすめします。土壌の変化はゆっくりですが、継続的な診断により改善の兆候を捉えたり、対策の効果を確認したりすることができます。

診断費用は、依頼する機関や検査項目によって大きく異なります。基本的な項目であれば数千円から可能ですが、微生物性など専門的な項目を含めると数万円かかる場合もあります。導入コストとして捉えるのではなく、土壌の健全化という長期的な投資として考え、ご自身の経営規模や目的に合わせた診断項目を選ぶことが重要です。自治体によっては土壌診断への助成制度がある場合もありますので、確認してみると良いでしょう。

診断機関の選び方

再生農業の視点を取り入れた診断を行う機関を選ぶことも重要です。慣行農法向けの診断だけでなく、有機物、微生物活性、物理性など、再生農業で重要視される項目に対応しているかを確認しましょう。可能であれば、再生農業や有機農業に詳しい専門家が診断結果の解説や改善策のアドバイスを行ってくれる機関を選ぶと、診断結果をより有効に活用できます。

まとめ

再生農業における土壌診断は、土壌を「生きた生態系」として理解し、その健康状態を把握するための羅針盤となります。慣行農法とは異なる視点から土壌を見つめ、物理性、化学性、特に生物性の変化に注目することで、土壌が本来持つ力を引き出すための具体的な手がかりが得られます。

経験豊富な農家の皆様の知見と、科学的な土壌診断の結果を組み合わせることで、より確実で効果的な再生農業への転換、そして持続可能な農業経営の実現に繋がります。ぜひ、土壌診断を土壌と向き合うための重要なツールとして活用し、豊かな土づくりを進めていきましょう。