再生農業への転換で労働力はどう変化する?新規作業と省力化の可能性
再生農業に関心をお持ちの経験豊富な農家の皆様にとって、「再生農業への転換によって、日々の労働はどう変化するのか?」という点は、現実的な不安の一つではないでしょうか。長年培ってきた慣行農法の作業体系から新しい手法へ移行することで、体力的な負担や作業時間が増えるのではないか、あるいは必要なスキルが変わるのではないか、といった疑問は自然なものです。
この記事では、再生農業への転換に伴う労働力の変化について、慣行農法と比較しながら解説し、新たに発生する作業や、将来的な省力化・効率化の可能性について掘り下げていきます。
再生農業への転換で労働力は増える?減る?変化の全体像
慣行農法から再生農業へ移行する際、労働力の変化は単純な「増える」「減る」といった一概なものではありません。むしろ、作業の内容や質、必要なスキルが大きく変化すると理解するのが適切です。
- 移行初期: 再生農業の手法(不耕起、カバークロップ、多様な輪作など)は、慣行農法とは異なる知識や技術を必要とします。そのため、新しい作業を覚えたり、試行錯誤を繰り返したりする期間は、一時的に労働時間や精神的な負担が増える可能性があります。特に、不耕起への移行に伴う残渣処理や播種機の調整、カバークロップの導入計画と管理などは、慣れないうちは手間がかかるかもしれません。
- システム安定後: 再生農業のシステムが圃場で確立し、土壌の健全性が向上してくると、慣行農法では必要だった一部の作業が省力化される可能性が出てきます。例えば、耕起回数の削減や、健全な土壌と作物の生育による病害虫・雑草の発生抑制などが挙げられます。
このように、再生農業への移行は、一時的な作業負担の増加と、長期的な省力化・効率化の可能性という二段階の変化を伴うと考えられます。
再生農業で新たに発生する主な作業と必要なスキル
再生農業を実践する上で、慣行農法にはなかった、あるいはより重要になる作業がいくつかあります。
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不耕起・浅耕に関連する作業:
- 圃場に残った作物残渣の適切な処理や均平化。
- 不耕起・浅耕に対応した播種機の選定や調整、メンテナンス。
- 土壌構造を維持するための作業計画。
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カバークロップ(被覆作物)の導入・管理:
- 目的に合わせたカバークロップの種類選定と組み合わせの計画。
- 適切な時期の播種、生育管理。
- 次作物の作付けに向けたカバークロップのすき込み(クリッピング、ローラークリンパーなど)や枯殺処理。
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輪作・間作の計画と実行:
- 長期的な視点での複雑な作付け計画立案。
- 異なる作物の栽培管理(播種、栽培技術、収穫時期など)。
- 多品目栽培に伴う作業分散と調整。
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多様な有機物の投入と管理:
- 自家製堆肥、緑肥、刈り草などの有機物資源の収集、運搬、圃場への投入。
- 堆肥を作る場合は、切り返しなどの管理作業。
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土壌と生物多様性の観察・モニタリング:
- 定期的な土壌の物理性(硬さ、団粒構造など)、生物性(ミミズ、昆虫、微生物活動の兆候など)の観察。
- 病害虫や雑草の発生状況を注意深く観察し、早期に対策を判断。
これらの作業を効果的に行うためには、単に手を動かすだけでなく、「観察力」「計画力」「柔軟な対応力」といったスキルが重要になります。土壌や作物の状態を細かく観察し、その情報を基に栽培計画を柔軟に見直す力が求められます。
再生農業がもたらす省力化・効率化の可能性
一方で、再生農業は長期的に見ると、慣行農法に比べて省力化や効率化につながる可能性を秘めています。
- 耕起作業の大幅な削減: 不耕起や浅耕は、最も体力的に負担が大きく、燃料も多く消費する耕起作業の回数を減らすことができます。これにより、労働時間とコストを大きく削減できる可能性があります。
- 病害虫・雑草管理の手間軽減: 土壌の健全性が向上し、圃場の生態系が豊かになるにつれて、作物が健康に育ちやすくなり、病害虫や雑草の発生が抑制されることが期待できます。化学農薬や除草剤の使用頻度や量が減ることで、これらの散布作業や関連コストを削減できます。
- 健全な生育による作業効率向上: 健康な土壌で育った作物は生育が安定し、収穫作業などの効率が向上する可能性があります。
- 長期的な経営の安定: 土壌のレジリエンスが高まることで、気候変動などの影響を受けにくくなり、収量や品質の変動が小さくなることが期待できます。これにより、計画の見直しや緊急対応にかかる手間が減り、経営全体の安定化につながります。
ただし、これらの省力化はあくまで「可能性」であり、再生農業のシステムが安定し、土壌が回復するまでに数年を要する場合が多いことに留意が必要です。
労働力管理と移行期の注意点
再生農業へのスムーズな移行と労働力の管理のために、以下の点に注意することをお勧めします。
- 段階的な導入: いきなり全ての圃場を再生農業に切り替えるのではなく、一部の圃場から試験的に導入するなど、段階的に進めることで、新しい作業に慣れる時間を確保し、リスクを分散できます。
- 必要な投資の検討: 不耕起播種機やローラークリンパーなど、新しい作業に必要な機械や資材への投資が必要になる場合があります。これらの初期投資と、将来的な労働力削減効果や収益性向上とのバランスを慎重に検討しましょう。
- 知識・技術の習得: 再生農業に関する研修会への参加、関連書籍や情報を学ぶ時間も、重要な労働時間の一部と捉えましょう。新しい技術を習得することで、その後の作業効率が向上します。
- 外部リソースの活用: 新しい作業に慣れるまで、外部への作業委託を検討したり、再生農業を実践している他の農家と情報交換したりすることも有効です。
まとめ
再生農業への転換は、確かに慣行農法とは異なる作業が発生し、移行初期には一時的に労働時間や負担が増える可能性があります。しかし、土壌の健全性が向上し、システムが確立することで、耕起作業の削減や病害虫・雑草管理の手間軽減など、長期的な省力化や経営の安定化につながる可能性も十分にあります。
大切なのは、労働力が単純に「増える」か「減る」かではなく、作業の内容や質が変化することを理解し、計画的に、そして柔軟に対応していくことです。新たな知識や技術を習得し、土壌と向き合う新しい農業のスタイルは、労働の質を高め、よりやりがいのある農業経営へと繋がっていくことでしょう。