再生農業への転換で収量は減る?初期の収量低下の原因と対策
再生農業への転換を検討される際、慣行農法で培ってきた安定した収量体系からの変化に不安を感じる方は少なくありません。「再生農業に切り替えたら、一時的に収量が減るのではないか?」という疑問は、現場で真剣に農業と向き合ってきた方ほど抱きやすい課題と言えます。
この記事では、再生農業への転換期に収量が一時的に低下する可能性とその原因、そしてそのリスクを最小限に抑え、早期の収量安定化を図るための具体的な対策について解説します。
再生農業への転換期に収量が低下する可能性とその背景
再生農業は、化学肥料や合成農薬の使用を極力減らし、不耕起や被覆作物の導入、多様な有機物の利用などを通じて、土壌生態系を健康にし、自然の機能を活用することを目指します。このプロセスは、慣行農法とは根本的に異なるアプローチであるため、導入初期には畑の状態や作物の生育が従来のパターンから変化することがあります。
一時的な収量低下が起こりうる主な原因としては、以下のようなものが考えられます。
- 土壌生態系の再構築に時間を要するため: 慣行農法から再生農業へ移行すると、化学肥料や合成農薬に依存していた土壌微生物相が変化し、より多様で複雑な生態系が構築されていきます。この移行期間中、特に養分循環のメカニズムが変わることで、作物が一時的に養分を吸収しにくくなる状況が発生する可能性があります。
- 養分供給パターンの変化: 化学肥料のように即効性のある養分供給から、有機物の分解を通じた緩やかな養分供給に切り替わるため、作物の生育ステージと養分供給のタイミングが初期にはずれやすいことがあります。
- 土壌物理性の改善に時間を要するため: 不耕起や被覆作物の効果が現れるまでには時間がかかります。特に長年耕うんを繰り返してきた圃場では、硬盤層の解消や団粒構造の発達がすぐには進まず、根の伸長が妨げられたり、水はけ・水もちが悪かったりする状態が続く可能性があります。
- 新しい栽培技術への習熟不足: 不耕起での播種や管理、多様な被覆作物の選定と管理、新たな病害虫・雑草管理方法など、慣行農法とは異なる技術への習熟に時間がかかり、それが作物の生育に影響を与えることがあります。
- 病害虫・雑草バランスの変化: 化学農薬の使用を減らすことで、従来の防除方法が使えなくなり、新たな生物的防除や物理的防除、あるいは天敵の活用といった方法に適応するまでの間に、一時的に特定の病害虫や雑草の発生が増加するリスクもゼロではありません。
これらの要因が複合的に作用し、特に最初の1〜3作期において、慣行農法と比較して収量が一時的に減少するケースが見られることがあります。ただし、これは全ての圃場や作物で必ず起こるわけではなく、移行前の圃場状態や導入する再生農業技術の種類、気象条件などによって大きく異なります。
収量低下のリスクを最小限に抑えるための具体的な対策
再生農業への転換に伴う収量低下は、適切な計画と対策によってリスクを最小限に抑えることが可能です。経験豊富な農家の方々が、これまでの知見を活かしつつ、再生農業の原則を取り入れるための具体的なアプローチを以下にご紹介します。
- 段階的な移行を検討する: 全ての圃場を一斉に再生農業に切り替えるのではなく、一部の圃場から試行的に導入し、経験を積んでから徐々に拡大していく方法が現実的です。これにより、リスクを分散し、新しい技術や土壌の変化を学びながら進めることができます。
- 詳細な土壌診断に基づく計画: 転換前に、物理性、化学性、生物性の多角的な土壌診断をしっかり行い、圃場の現状を正確に把握します。pH、EC、CEC、主要な養分含量に加え、土壌の硬さ、水はけ、さらには土壌微生物相の指標(存在するなら)などを評価します。診断結果に基づき、その圃場に最も適した再生農業のアプローチ(不耕起の導入レベル、必要な有機物の種類と量、被覆作物の選定など)を計画します。
- 被覆作物(カバークロップ)の計画的な活用: 再生農業において被覆作物は土壌改善の要です。単に植えるだけでなく、目的(土壌の物理性改善、緑肥による養分供給、雑草抑制、病害虫抑制、生物多様性向上など)に応じて適切な種類を選び、播種時期や方法、すき込み(あるいは不耕起での管理)のタイミングを主作物との体系の中で計画的に組み込みます。これにより、土壌有機物の増加や根による物理性改善、養分循環の促進を早期に促すことができます。
- 有機物の種類と投入タイミングの最適化: 堆肥、緑肥、有機質肥料など、多様な有機物を活用します。それぞれの有機物が土壌中で分解され、作物に養分として利用されるまでのメカニズムを理解し、作物の生育に必要な時期に養分が供給されるよう、投入時期や量を調整します。特に移行初期は、土壌の養分供給力が安定しないため、作物の生育状況を見ながら補完的な有機質肥料の利用も視野に入れることが有効です。
- 土壌物理性の改善を促進する工夫: 不耕起を導入する場合でも、初期にはリッパーなどを用いて一時的に硬盤層を破砕するなどの対策が有効な場合もあります。また、根域を深く伸ばす被覆作物(例:ヘアリーベッチ、カラスノエンドウなど)を積極的に利用し、植物の根の力で土壌構造を改善していくアプローチも重要です。
- きめ細やかな圃場観察と早期対応: 作物の生育状況、病害虫や雑草の発生状況、土壌の湿り具合などをこれまで以上に注意深く観察します。慣行農法とは異なる問題が発生する可能性があるため、異常を早期に発見し、速やかに適切な対策(例:物理的防除、天敵利用、生物農薬など)を講じることが重要です。
- 地域の情報交換と専門家への相談: 同じ地域で再生農業に取り組んでいる他の農家や、再生農業に詳しい普及指導員、研究機関、コンサルタントなどと積極的に情報交換を行います。地域特有の課題や成功事例を知ることは、自身の圃場での対策を考える上で非常に役立ちます。
収量安定化までの期間と、その先の展望
再生農業への転換から収量が安定するまでの期間は、圃場の状態、導入する技術、作物種類、気象条件など多くの要因によって異なりますが、一般的には2〜5年程度かかると言われることが多いです。この期間は、土壌生態系が本来の機能を取り戻し、土壌の物理性や化学性が改善され、作物が自然の養分循環に適応していくための「助走期間」と捉えることができます。
この移行期間を乗り越え、土壌が健康を取り戻し、生態系が安定してくると、以下のようなメリットが期待できます。
- 病害虫や雑草の発生が抑制される: 健康な土壌で育った作物は病害に強くなり、多様な生物相によって特定の病害虫が異常発生しにくくなる傾向があります。また、適切な被覆作物や輪作体系により、雑草管理がしやすくなります。
- 乾燥や多湿に強くなる: 団粒構造が発達した土壌は、水はけが良いのに保水力も増すため、干ばつや長雨といった気象変動に対する作物の抵抗力が高まります。
- 外部資材への依存度が減る: 土壌自身の肥沃度が高まり、養分循環が円滑になることで、化学肥料や農薬への依存度を減らすことができ、長期的なコスト削減につながります。
- 作物の品質向上: 土壌の健康は作物の根の健康に直結し、健全な根は養分や水分を効率良く吸収するため、作物本来の風味や栄養価が高まることが期待されます。
- 環境負荷の低減: 化学資材の使用削減や土壌炭素の貯留は、地球環境の改善に貢献することにつながります。
まとめ
再生農業への転換は、初期に一時的な収量低下という課題に直面する可能性はありますが、それは持続可能でより強靭な農業経営を築くための通過点と捉えることができます。この移行期間を乗り越えるためには、土壌生態系の原則を理解し、ご自身の圃場の状態に合わせて計画的に、そして段階的にアプローチすることが重要です。
過去30年にわたる慣行農法でのご経験は、作物の生育を見る目や土壌の状態を感じ取る鋭い感覚として、再生農業においても invaluable(非常に貴重)な財産となります。これまでの経験で培われた知識と、再生農業の新しい知見や技術を組み合わせることで、収量低下のリスクを抑えながら、健康な土壌と豊かな作物を育む再生農業への転換を成功させることができるでしょう。不安な点は、地域の成功事例や専門家の意見も参考にしながら、一つずつ解消していくことをお勧めします。