再生農業での施肥はどう考える?化学肥料を減らした場合の作物栄養供給
再生農業への転換を検討されている経験豊富な農家の皆様にとって、「化学肥料をどうするか」は大きな疑問の一つかと存じます。長年慣行農法で培ってこられた施肥の知識や経験は貴重ですが、再生農業ではその考え方が大きく変わる可能性があります。
「化学肥料を減らしたら、あるいは使わなくなったら、作物の生育に必要な養分はどうやって供給するのか?」 「収量や品質は維持できるのか?」 こうした疑問や不安に対し、再生農業における施肥の基本的な考え方と、具体的な作物栄養供給の方法について解説します。
再生農業における施肥の基本的な考え方
慣行農法では、作物の生育段階に合わせて必要な養分を化学肥料で直接供給することが一般的です。一方、再生農業では、土壌そのものの生命力、つまり土壌生態系を健全に保ち、その働きによって養分を作物が利用できる形にすることを重視します。
これは、単に化学肥料を有機肥料に置き換えるという単純な話ではありません。土壌中の微生物、土壌動物、そして有機物の相互作用を活性化させ、養分が土の中で自然に循環する仕組みを作り上げることが目標となります。土壌が健全であれば、微生物が有機物を分解して作物が吸収できる無機養分に変えたり、土壌中のミネラルを作物が利用しやすい形にしたりする力が高まります。
化学肥料を減らす・使わないことのメリット・デメリット
再生農業で化学肥料の使用を減らす、あるいは使わないことには、以下のようなメリットとデメリットが考えられます。
メリット:
- 土壌構造の改善: 化学肥料の過剰な使用は土壌の団粒構造を壊すことがありますが、有機物中心の管理は土壌の物理性を改善し、水はけや通気性を良くします。
- 土壌生物多様性の向上: 土壌微生物やミミズなどの多様性が増え、病害抑制や養分循環が促進されます。
- 養分保持力の向上: 有機物が増えることで、土壌が養分を保持する力が強まり、肥料成分の流出を抑えます。
- 環境負荷の低減: 化学肥料の製造・運搬に伴うエネルギー消費や、施肥による温室効果ガス(特に亜酸化窒素)の発生を減らすことができます。硝酸態窒素の地下水汚染リスクも低減します。
- 作物の根張り促進: 健全な土壌では作物の根が深く、広く張るようになり、水分や養分を効率よく吸収できるようになります。
デメリット・課題:
- 移行期の養分供給の不安定さ: 土壌生態系が十分に機能するまでには時間がかかります。特に立ち上げ初期は、慣行農法から急に化学肥料をゼロにすると、作物の生育に必要な養分が一時的に不足し、収量が低下するリスクがあります。
- 養分供給のコントロールの難しさ: 化学肥料のように「必要な時に必要な量」をピンポイントで供給することが難しくなります。土壌の状態や気候条件によって養分供給のペースが変動します。
- 有機物の確保と管理: 必要な有機物(堆肥、緑肥など)を確保し、適切に圃場に施用・管理するための手間やコストがかかる場合があります。
- 技術習得の必要性: 土壌診断の結果を読み解き、土壌の状態や作物に合わせて最適な有機物管理や生物活性を高める方法を選択するなど、新たな知識や技術の習得が求められます。
具体的な作物栄養供給の方法
化学肥料に頼らない、または減らす場合の具体的な栄養供給は、以下のような方法を組み合わせることが基本となります。
-
有機物施用:
- 堆肥: 良質な堆肥(家畜ふん堆肥、植物性堆肥など)は、土壌改良効果とともに、微生物の活動を促し、緩やかに養分を供給します。完熟度の高い堆肥を選ぶこと、施用量や時期を適切に管理することが重要です。
- 緑肥: カバークロップとして栽培したマメ科植物などは、窒素を固定し土壌に供給します。イネ科やアブラナ科などの緑肥は、土壌の物理性改善や他の養分循環に寄与します。刈り込み・すき込みのタイミングが養分供給の効率に影響します。
- 作物の残渣: 収穫後の残渣を適切に圃場に戻すことで、養分や有機物の循環を促します。ただし、病害の持ち込みや分解の遅れに注意が必要です。
-
土壌微生物の活用:
- 土壌に多様な有機物を供給し、通気性や水分バランスを整えることで、微生物が活発に活動しやすい環境を作ります。
- 特定の有効微生物資材の活用も選択肢の一つですが、最も重要なのは土壌本来の微生物の多様性と活性を高めることです。微生物は有機物の分解だけでなく、リン酸やカリウムなどの無機養分を植物が吸収しやすい形に変える働きもします。
-
ミネラルバランスの調整:
- 有機物だけでは特定のミネラルが不足したり、逆に過剰になったりする可能性があります。定期的な土壌診断を行い、不足しているミネラルがあれば、有機由来の資材(例:カニ殻、貝殻、鉱物由来の資材など)や、場合によっては必要最低限の化学肥料を補うことも検討します。これは「化学肥料ゼロ」に固執するのではなく、土壌と作物の状態に合わせて柔軟に対応するという考え方です。
-
輪作と混植:
- 異なる作物を順番に栽培する輪作は、特定の養分の偏りを防ぎ、土壌病害の抑制にもつながります。また、互いに養分を供給し合ったり、病害虫を寄せ付けにくくしたりするような作物の混植も有効な手段です。
-
葉面散布:
- 生育途中で特定の養分が急に不足した場合や、土壌からの吸収が難しい条件下では、葉面散布が迅速な栄養補給手段となります。有機液肥やミネラル溶液などが利用されます。
施肥計画の立て方と移行期の注意点
再生農業における施肥計画は、慣行農法に比べてより動的な要素を考慮する必要があります。
- 詳細な土壌診断: 始める前に、土壌の物理性、化学性、生物性の多角的な診断を必ず行います。特に、有機物含量、CEC(陽イオン交換容量)、pH、主要養分(N, P, K)だけでなく、カルシウム、マグネシウム、微量要素、そして土壌微生物の活性なども把握することが望ましいです。
- 目標とする土壌像の設定: どのような土壌を目指すのか、具体的な目標(有機物含量の目標値、団粒構造のレベルなど)を設定します。
- 段階的な移行: 慣行農法から一気に化学肥料をゼロにするのはリスクが高い場合があります。まずは施用量を減らす、特定の成分のみ有機資材に置き換えるなど、段階的に移行することを検討してください。土壌の変化を見ながら、計画を柔軟に修正していくことが重要です。
- 圃場ごとの管理: 圃場によって土壌の状態は異なります。圃場ごとの土壌診断に基づき、きめ細やかな施肥・管理を行うことが理想です。
- 観察と記録: 作物の生育状況、病害虫の発生状況、土壌の変化などを日々観察し、記録することで、施肥計画の適切さを評価し、改善につなげることができます。
まとめ
再生農業における施肥は、化学肥料による直接的な養分供給から、土壌生態系の力を最大限に引き出すことで作物の栄養を賄う方向へとシフトします。これには移行期の課題や新たな技術の習得が必要となりますが、健全な土壌が育む作物は、病害に強く、環境変動にも耐性を持ちやすくなる可能性があります。
まずはご自身の圃場の土壌をよく知り、段階的に有機物管理や土壌生物活性を高める取り組みを始めてみてください。経験豊富な皆様の観察眼と知恵が、再生農業での作物栄養管理を成功させる鍵となるでしょう。土壌診断の結果などを参考に、個別の状況に合わせた最適な施肥戦略を立てていきましょう。