再生農業に転換する際、既存の機械・施設をどう活かす?投資判断のポイント
再生農業への転換をご検討いただき、誠にありがとうございます。長年の慣行農法で培われたご経験をお持ちの皆様にとって、新たな農法への挑戦には様々な疑問や不安が伴うことと存じます。特に、これまで蓄積されてきた機械や施設といった資産が、新しい農法でどのように扱われるのかは、経営上の大きな関心事の一つではないでしょうか。
この疑問に対して、再生農業の基本的な考え方に基づき、既存の機械や施設をどのように捉え、活用していくべきか、そして新規の投資判断をどのように行うべきかについて解説します。
再生農業における機械・施設の基本的な考え方
再生農業は、土壌生態系を回復・強化することに主眼を置いた農法です。主な実践要素としては、以下のような点が挙げられます。
- 土壌かく乱の最小化(不耕起・浅耕): プラウやロータリーによる深耕を避け、土壌構造の破壊を最小限に抑えます。
- 土壌被覆の維持(カバークロップ、有機物マルチ): 作物の栽培期間外も土壌を覆い、裸地を作らないようにします。
- 作物の多様化(輪作、間作、混作): 異なる種類の作物を組み合わせることで、土壌微生物の多様性を高め、病害虫リスクを分散します。
- 家畜の導入(可能であれば): 放牧による土壌への物理的・生物的な刺激を与えます。
- 化学資材の抑制/排除: 化学肥料や農薬の使用を最小限に抑えるか、完全に排除します。
これらの原則を実践する上で、慣行農法で使用してきた機械や施設がそのまま使える部分もあれば、使用方法の変更や、場合によっては新規導入が必要になる部分も出てきます。しかし、全ての機械や施設を一度に買い替える必要はありません。多くの既存設備は、工夫次第で十分に活用が可能です。
既存の機械・施設はどこまで活用できるか
機械の活用について
トラクターや収穫機、運搬機、防除機など、汎用的な機能を持つ機械の多くは、再生農業でも引き続き活用できます。ただし、使用方法や頻度、あるいは求められる機能が変化する場合があります。
- トラクター: 牽引や作業機駆動の動力源として引き続き中心的な役割を果たします。ただし、耕起作業が減るため、稼働時間が変わる可能性があります。カバークロップのすき込み(必要な場合)や管理、不耕起播種機の牽引などに使用します。
- 耕起機械(プラウ、ロータリー、ハローなど): 再生農業の核である不耕起や浅耕を実践する場合、これらの使用頻度は大幅に減少するか、全く使わなくなる可能性があります。しかし、土壌の状態によっては、ごく限定的な浅耕が必要になるケースもあります。完全に不要になるか、あるいは用途が限定されるかを検討してください。
- 播種機: 既存の播種機が使えるかどうかは、主に不耕起での播種に対応できるかによります。慣行の播種機は耕起された柔らかい土壌への播種を前提としているため、硬い不耕起土壌への播種には適さないことが多いです。不耕起播種機は、硬盤を切り開きながら種を適切に鎮圧する機能を持つため、不耕起を本格的に行う場合は新規導入の検討が必要になる可能性が高いです。ただし、カバークロップの播種であれば、既存のブロードキャスターなどを工夫して使用することも可能な場合があります。
- 防除機(SS、スピードスプレイヤー、動力噴霧機など): 化学農薬の使用を減らすか排除する場合、これらの機械の役割は変化します。有機JASなどで認められている資材(ボルドー液、BT剤など)の使用や、病害虫が発生しにくい健全な土壌・作物を育てることに重点が移ります。必要に応じて使う場合でも、使用量や頻度は減るでしょう。
- 収穫機・選果機・乾燥機: 作物の種類が変わらなければ、これらの収穫後処理に関わる機械は概ねそのまま活用できます。ただし、作物の多様化(多品目栽培)を進める場合は、対応できる作物が増えるかを確認する必要があります。
施設の活用について
倉庫、事務所、貯蔵施設、乾燥施設などは、再生農業でもそのまま活用できます。栽培方法の変化が直接的に施設の構造や機能に大きな影響を与えることは少ないでしょう。
- 貯蔵施設・乾燥施設・選果施設: これらは収穫された作物を扱う施設であり、栽培方法そのものに大きく左右されません。引き続き活用できます。ただし、多様な作物を扱う場合は、それぞれの作物に適した貯蔵・乾燥条件に対応できるか確認が必要です。
- ハウス・雨よけ施設: 施設そのものは引き続き活用できますが、施設内での栽培方法(土壌管理、病害虫管理、施肥など)は再生農業の原則に基づいたものに変わります。土壌生態系を健全に保つための工夫(連作障害対策、多様な微生物の導入など)が必要になります。
- 灌漑施設: 灌漑の必要性は作物の種類や気候に依存しますが、健全な土壌は保水力や排水性が向上するため、灌漑頻度や水量の管理方法が変わる可能性があります。施設そのものは引き続き活用できます。
- 資材保管施設: 有機物(堆肥、緑肥種子など)や再生農業で用いる特定の資材(有機肥料、微生物資材など)の保管に活用できます。必要に応じて保管スペースの見直しが必要になる場合があります。
必要な改修や新規導入、投資判断のポイント
既存の機械・施設を活かすことを基本としながらも、再生農業を本格的に実践するためには、一部の改修や新規導入が必要になる場合があります。
改修や新規導入を検討するケース
- 不耕起栽培の導入: 前述の通り、不耕起播種機は新規導入が必要になる可能性が高い機械です。高価なため、共同利用やリースなども含めて検討する価値があります。
- カバークロップの管理: カバークロップの播種や、刈り取り・鎮圧・すき込みなどの管理作業に適した機械(カバークロップシーダー、ローラークリッパーなど)が必要になる場合があります。
- 特定の有機物投入: 大量の堆肥を投入する場合など、散布機や撹拌機などが新たな役割を持つことがあります。
- 精密農業技術との連携: 再生農業は圃場ごとの土壌状態に合わせた管理が重要となるため、精密播種機や可変施肥機など、GPSやセンサーを活用した技術の導入が有効な場合があります。
投資判断のポイント
新規の機械や施設に投資するかどうかの判断は、慎重に行う必要があります。
- 再生農業の目的との整合性: その機械・施設は、目指す再生農業の目標(土壌改善、収益向上、作業効率化など)にどのように貢献するのかを明確にします。
- コストと期待される効果: 導入にかかる初期費用、維持管理費、燃料費などのコストと、それによって得られる効果(作業時間短縮、収量安定、品質向上、資材費削減など)を比較検討します。長期的な視点での効果を評価することが重要です。
- 既存設備との連携: 新しい機械・施設が既存の設備と連携してスムーズに運用できるかを確認します。
- 段階的な導入: 一度に全てを揃えるのではなく、最も効果の高いものから段階的に導入することを検討します。不耕起播種機のような高価なものは、まずは一部の圃場で試したり、共同利用を検討したりするのも良い方法です。
- 情報収集と試算: 実際にその機械を使っている他の農家から情報を収集したり、デモンストレーションに参加したりして、実際の使用感や効果を確認します。自身の経営規模や作物体系に合わせた具体的な導入効果のシミュレーションを行います。
- 補助金・支援制度の活用: 再生農業や環境保全型農業に関連する補助金や支援制度がないか情報収集し、活用を検討します。
まとめ
再生農業への転換において、これまでの慣行農法で培われた機械や施設は、多くの場合、そのまま、あるいは工夫次第で十分に活用が可能です。特に汎用的な機械や施設は引き続き重要な役割を担います。
一方で、不耕起栽培など、再生農業の核となる技術を導入する際には、不耕起播種機のような専用の機械が必要になることもあります。これらの新規投資については、単に機械の性能だけでなく、自身の経営目標や再生農業の具体的な実践計画に基づき、コストと期待される長期的な効果を慎重に比較検討することが重要です。
まずはできることから既存の設備を活用し、段階的に必要な機械や施設を導入していくことをお勧めします。地域の普及指導機関や再生農業の実践者、機械メーカーなどから幅広く情報を収集し、ご自身の経営に最適な投資判断を行ってください。皆様の再生農業への挑戦を心より応援しております。