再生農業での土壌被覆(カバークロップ)の効果は?種類と使い方、失敗しないためのポイント
再生農業への転換を進める中で、「土壌被覆(カバークロップ)」という言葉を耳にする機会が増えているのではないでしょうか。慣行農法ではあまり積極的に行わなかったこの手法が、なぜ再生農業で重要視されるのか、どのような効果があるのか、そして具体的にどう取り入れたら良いのか、疑問をお持ちかもしれません。
この記事では、再生農業における土壌被覆(カバークロップ)の役割と多様な効果、主な種類と選び方、そして現場での具体的な使い方や管理、導入時に注意すべき点について、詳しく解説します。長年のご経験をお持ちの皆様が、土壌被覆を適切に活用するための実践的なヒントとしていただければ幸いです。
土壌被覆(カバークロップ)とは何か?なぜ再生農業で重要なのか
土壌被覆(カバークロップ)とは、主作物を栽培しない期間や、主作物の生育中に、土壌を物理的に被覆する目的で植え付けられる植物全般を指します。緑肥作物として知られるものも、土壌被覆の一種です。
再生農業では、「土壌を裸地にしない」ことが基本的な考え方の一つです。これは、自然生態系において土壌が常に植物や有機物で覆われている状態を模倣するためです。土壌を裸地にしないことで、雨による土壌浸食や風による飛散を防ぎ、急激な地温変化を和らげ、乾燥を防ぐといった直接的な効果があります。
さらに土壌被覆は、単なる物理的な被覆にとどまらず、以下のような多岐にわたる効果を通じて、健全な土壌生態系の構築と作物生産性の向上に寄与するため、再生農業において極めて重要な手法とされています。
土壌被覆(カバークロップ)がもたらす主な効果
土壌被覆は、導入する種類や方法によって様々な効果を発揮しますが、特に注目すべきは以下の点です。
- 土壌構造の改善(団粒化促進): カバークロップの根が土中を深く張り巡ることで、土壌に物理的な隙間を作り、通気性や排水性を向上させます。また、根から分泌される有機物や、枯死した根が微生物の餌となり、土壌微生物の活動を活発化させます。これにより、土壌粒子が微生物の分泌物によって結合し、団粒構造の形成が促進されます。団粒構造が発達した土壌は、保水性と排水性のバランスが良く、作物の根が健全に生育しやすい環境となります。
- 有機物供給と微生物活性化: カバークロップを生育させ、後で土にすき込んだり、地上部を敷き草として利用したりすることで、大量の有機物を土壌に供給できます。この有機物が分解される過程で、土壌微生物の餌となり、その多様性と活動を飛躍的に向上させます。微生物相が豊かになることで、養分循環がスムーズになり、病害抑制効果も期待できます。マメ科のカバークロップは根粒菌と共生して空気中の窒素を固定するため、特に肥沃度向上に貢献します(緑肥効果)。
- 雑草抑制: カバークロップを密に栽培することで、土壌表面への光を遮断し、雑草の発芽や生育を抑制する効果があります。また、一部のカバークロップはアレロパシー物質(他の植物の生育を阻害する化学物質)を分泌し、特定の雑草に対して抑制効果を示すことがあります。
- 病害虫抑制・天敵温存: 土壌微生物の多様性が増すことで、病原菌の増殖を抑える効果が期待できます。また、カバークロップが多様な生物(天敵昆虫など)の生息場所を提供し、圃場全体の生物多様性を高めることで、特定の病害虫が大発生しにくい環境を作り出すことにつながります。
- 養分保持・供給: 作物が吸収しきれなかった残存肥料(特に硝酸態窒素)をカバークロップが吸収し、土壌からの溶脱を防ぎます。すき込み後、これらの養分は微生物の分解によって後作物に徐々に供給されます。マメ科のカバークロップは前述の通り窒素供給源となります。
- 水分管理への貢献: 地上部が土壌表面を覆うことで、太陽光や風による水分蒸発を抑え、土壌の乾燥を防ぎます。同時に、根が土壌構造を改善することで、雨水の浸透性を高め、過湿や水たまりの発生を軽減する効果も期待できます。
主なカバークロップの種類と選び方
カバークロップには様々な種類があり、それぞれ特徴が異なります。目的に応じて適切な種類を選ぶことが重要です。
目的別の主な種類例:
- 緑肥(窒素供給): クローバー類(シロクローバー、アカクローバー)、レンゲ、ヘアリーベッチなどマメ科植物。根粒菌と共生し、空気中の窒素を固定します。
- 土壌構造改善・有機物増: ライ麦、ソルゴー、エンバク、ギニアグラスなどイネ科植物。根張りが良く、大量の有機物を供給します。
- 雑草抑制: ライ麦、ヘアリーベッチ、ギニアグラス、一部のアブラナ科植物(エンバクとの組み合わせも効果的)。アレロパシー効果や被覆力が高いものを選びます。
- 深層土壌改善(硬盤破砕): キカラシ、ラジコン(アブラナ科ダイコン属)。深く伸びる直根を持ち、硬盤層に亀裂を入れる効果が期待できます。
- 病害虫抑制(生物農薬効果): キカラシ、ネコブキラー(アブラナ科)。すき込み時に発生する成分が土壌病害虫を抑制する効果があります。
選び方のポイント:
- 導入目的を明確にする: 土壌改良、緑肥、雑草抑制など、最も重視する効果を決めましょう。
- 作付体系と播種時期を考慮する: 主作物の前作、後作、間作としていつ導入できるか、栽培期間はどれくらい確保できるかを確認します。地域の気候や播種適期に合う種類を選びます。
- 土壌条件と環境を考慮する: 圃場の土壌タイプ(砂質、粘土質)、排水性、日当たり、地域の降水量などに適した種類を選びます。耐寒性や耐暑性も重要です。
- 後作への影響を考慮する: すき込みのタイミングや方法が後作物の播種・定植作業に支障をきたさないか、アレロパシー効果が後作物に悪影響を及ぼさないかなどを確認します。
- コストと作業性を考慮する: 種子代、播種やすき込みに必要な機械、作業時間などを考慮して、現実的に導入可能な種類と方法を選びます。
いくつかの種類を組み合わせて混植することで、より多様な効果を得られる場合もあります。
具体的な使い方・管理のステップ
カバークロップの具体的な導入ステップは、種類や作付体系によって異なりますが、一般的な流れとポイントをご紹介します。
- 計画:
- 圃場の状況(土壌診断結果など)と作付体系を確認します。
- カバークロップ導入の目的(土壌改良、緑肥、雑草抑制など)を明確にします。
- 目的に合ったカバークロップの種類を選定します(単作か混植か)。
- 播種時期、栽培期間、すき込み/枯殺時期のスケジュールを立てます。
- 播種:
- 選定したカバークロップの適切な播種時期に作業します。前作収穫後、または主作物の生育中に条間に播種するといった方法があります。
- 均一に播種し、必要であれば軽く覆土や鎮圧を行います。
- 乾燥が続く場合は、発芽・初期生育を助けるために灌水が必要な場合もあります。
- 栽培管理:
- 基本的には追肥などの管理は不要ですが、極端に痩せた土壌の場合は初期生育を助けるためにごく少量施肥する場合もあります。
- 過湿にならないよう排水に注意します。
- すき込み・枯殺:
- 最も重要な工程の一つです。カバークロップの種類や目的に応じて、適切な生育ステージ(例:出穂前、開花期など)ですき込みまたは枯殺を行います。
- すき込み: 土壌改良や緑肥効果を狙う場合、カバークロップを細かく裁断し、浅く土にすき込みます。微生物による分解を促進するために、すき込み後数週間から1ヶ月程度の期間を空けて後作を播種・定植するのが一般的です。分解期間を十分に取らないと、土中で分解が続き、後作の生育に悪影響が出る可能性があります。
- 枯殺: 後作の不耕起栽培を前提とする場合など、地上部を枯殺して敷き草として利用します。機械的(ローラークリンパーなど)、自然枯殺(寒害)、化学的(除草剤※再生農業の認証基準によっては使用不可)などの方法があります。
- 後作物の栽培:
- すき込みや枯殺の処理後、計画通りに後作物を栽培します。カバークロップの残渣が多い場合は、播種や定植作業に工夫が必要になることがあります。
導入の際に注意すべき点とリスク
カバークロップは多くのメリットをもたらしますが、導入にあたってはいくつかの注意点とリスクも存在します。
- すき込み・枯殺のタイミング: タイミングが遅すぎると植物が繊維質になり分解が遅れたり、病害虫の温床になったりする可能性があります。逆に早すぎると十分な効果(有機物供給、緑肥効果など)が得られないことがあります。
- 水分・養分競合: 乾燥時期や痩せた土壌では、カバークロップが主作物や後作の水分や養分を奪ってしまう「競合」が起こる可能性があります。地域の気候や土壌の状態、カバークロップの種類に応じて、このリスクを考慮した計画が必要です。
- 特定の病害虫の発生源: 特定のカバークロップが、後作物の共通の病害虫の発生源となる可能性があります。例えば、一部のマメ科緑肥がネコブセンチュウの宿主となる場合などです。作付体系全体の病害虫リスクを考慮して種類を選ぶ必要があります。
- アレロパシー効果: 一部のカバークロップが分泌するアレロパシー物質が、後作物の発芽や初期生育を抑制する場合があります。特に直播き栽培の場合、注意が必要です。
- 初期コストと作業負担: 種子代や播種・すき込み作業に必要な時間や機械が必要となります。
成功のためのポイント
これらの注意点を踏まえ、カバークロップ導入を成功させるためには以下の点を意識することが重要です。
- 圃場ごとの状況把握: 圃場の土壌、気候、過去の病害虫発生状況などを十分に把握した上で計画を立てます。
- 目的と種類・タイミングの適切な選択: 何のためにカバークロップを導入するのか、その目的に最も適した種類と播種・処理のタイミングを選びます。
- 小面積での試験導入: 最初から圃場全体に導入するのではなく、一部の区画で試験的に導入し、効果や課題を確認することをお勧めします。
- 情報収集と経験共有: 地域の成功事例や専門機関のアドバイスを参考にし、他の農家との経験共有も有効です。
まとめ
再生農業における土壌被覆(カバークロップ)は、土壌構造の改善、有機物供給、雑草・病害虫抑制、養分・水分管理など、多岐にわたる効果をもたらす重要な技術です。適切な種類を選び、栽培体系や圃場の状況に合わせて計画的に導入・管理することで、土壌をより豊かにし、持続可能な農業経営に大きく貢献することが期待できます。
導入にあたっては、種類ごとの特性や導入方法、タイミングが重要であり、またいくつかのリスクも伴うため、事前の情報収集と計画的な取り組みが不可欠です。ぜひ、皆様の圃場に合った形で、土壌被覆の導入をご検討ください。具体的な種類選びや管理方法についてさらに詳しく知りたい点があれば、お気軽にご質問ください。