再生農業で連作障害は起きにくくなる?そのメカニズムと具体的な土壌管理
再生農業で連作障害は起きにくくなる?そのメカニズムと具体的な土壌管理
長年農業を営んでこられた農家の皆様にとって、連作障害は避けて通れない大きな課題の一つではないでしょうか。同じ圃場で特定の作物を繰り返し栽培することで発生する連作障害は、収量や品質の低下に直結し、経営に影響を及ぼすこともあります。
再生農業に興味を持たれている方の中には、「再生農業に取り組むことで、この連作障害の問題が解決できるのだろうか?」「具体的にどのような対策が必要なのか?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。
この記事では、再生農業が連作障害にどう影響するのか、その背後にあるメカニズムを解説し、現場で実践できる具体的な土壌管理の方法についてご紹介します。
連作障害の基本的なメカニズムと再生農業のアプローチ
連作障害は、主に以下の要因が複雑に絡み合って発生します。
- 特定の病原菌の増加: 同じ作物を栽培し続けることで、その作物に特異的な病原菌が土壌中に蓄積し、密度が高まります。
- 有害物質の蓄積: 作物の根から分泌される自家中毒物質や、植物残渣の分解過程で発生する有害物質が土壌中に蓄積することがあります。
- 養分バランスの偏り: 特定の養分が過剰に吸収されたり、特定の養分が不足したりすることで、土壌の養分バランスが崩れ、作物の健全な生育が阻害されます。
- 土壌物理性の悪化: 耕うん方法や資材の投入の偏りにより、土壌が硬くなったり、排水性や通気性が悪化したりすることで、根の健全な生育が妨げられ、病害が発生しやすくなります。
慣行農法では、土壌消毒や特定の薬剤投入、多量の化学肥料による生育促進などで対応することがありますが、これは対症療法になりがちです。
一方、再生農業は、土壌そのものの生命力と健全性を高めることを目指します。土壌の生物多様性を増やし、有機物循環を促進し、物理性・化学性を総合的に改善することで、上記の連作障害の要因に対し、根本的なアプローチを試みます。
- 病原菌: 多様な土壌微生物が増えることで、病原菌と拮抗・競争する微生物が増え、病原菌が異常繁殖しにくい環境を作り出します。
- 有害物質: 健康な土壌微生物群が、植物の分泌物や残渣を迅速かつ健全に分解し、有害物質の生成や蓄積を抑制します。
- 養分バランス: 有機物の分解と微生物活動により、養分が植物に利用されやすい形で、かつ持続的に供給されるようになり、特定の養分の偏りが起こりにくくなります。
- 土壌物理性: 不耕起・浅耕、有機物投入、被覆作物の根などが、土壌の団粒構造の発達を促し、排水性、通気性、保水性を向上させ、根が健全に生育できる環境を整えます。
このように、再生農業は土壌生態系全体のバランスを整えることで、連作障害が発生しにくい「健全な土壌」を作り出すことを目指す考え方と言えます。
再生農業における連作障害対策の具体的な手法
再生農業の考え方に基づいた連作障害対策は、単一の技術ではなく、複数の実践を組み合わせることが鍵となります。
1. 土壌の生物多様性を高める
連作障害、特に土壌病害のリスク低減には、土壌中の微生物バランスが極めて重要です。
- 多様なカバークロップの活用: 単一のカバークロップではなく、イネ科、マメ科、アブラナ科など、異なる種類のカバークロップを組み合わせたり、季節ごとに異なる種類を栽培したりすることで、土壌微生物に多様なエサを提供し、土壌の生物相を豊かにします。根の張り方も異なるため、土壌物理性の改善にも寄与します。特定の病原菌に対して抑制効果を持つとされる種類(例:マリーゴールドの一部品種がネコブセンチュウに有効とされる場合など)の検討も有効です。
- 多様な有機物の投入: 堆肥一つをとっても、原料(牛糞、鶏糞、植物残渣など)や製造方法によって含まれる微生物や養分が異なります。また、緑肥のすき込みや作物の残渣の管理も重要です。多様な有機物を供給することで、土壌微生物に多様な「食料」を提供し、活発で多様な微生物活動を促します。
- 不耕起・浅耕: 深く耕さないことで、土壌の物理構造やそこに生息する微生物の生態系を撹乱せず、安定した微生物群集が形成されやすくなります。特に、有用な菌類などは、耕うんによってダメージを受けることがあります。
2. 再生農業の考え方に基づいた輪作
連作障害対策の基本中の基本は輪作ですが、再生農業においてもその重要性は変わりません。むしろ、土壌の健康を回復・維持する観点から、より戦略的な輪作が推奨されます。
- 非同属作物の導入: これまで栽培してきた作物と病害虫が発生しにくい、あるいは土壌への影響が異なる作物を組み込みます。
- 土壌改善効果のある作物の導入: 根が深く張る作物で物理性を改善したり、多くの有機物を供給する作物を選んだり、特定の病害虫を抑制する効果が期待できる対抗植物を組み込むことを検討します。
- カバークロップとの組み合わせ: 輪作体系の中にカバークロップを組み込むことで、休閑期なく土壌に植物の根を張らせ、微生物活動を維持・向上させます。
3. 土壌物理性・化学性の改善
健全な土壌物理性(団粒構造、排水性、通気性)とバランスの取れた化学性(pH、養分状態)は、作物の根を健康に保ち、病原菌への抵抗力を高めます。
- 排水対策: 圃場の排水不良は、根腐れなどの病害を招きやすくなります。必要に応じて明渠や暗渠の整備を検討します。
- 物理性改善: 有機物の継続的な投入、カバークロップの根の働き、不耕起・浅耕などが、土壌の団粒構造を発達させ、物理性を改善します。硬盤層の打破が必要な場合は、一時的に部分的な深耕を行うことも検討できますが、その後の土壌回復プロセスが重要です。
- 適正なpHと養分管理: 土壌診断に基づき、作物の生育に適したpHと養分バランスを維持します。再生農業では化学肥料の使用を削減・排除するケースが多いですが、有機物や微生物の活用により、植物が必要とする養分を供給する体系を構築します。
再生農業への移行に伴う連作障害対策の注意点
再生農業への転換は、土壌環境に大きな変化をもたらします。その過程で、一時的に状況が不安定になる可能性も考慮しておく必要があります。
- 移行期間の課題: 慣行農法から再生農業に切り替えた直後は、土壌微生物のバランスが変化する途上であり、かえって病害虫のリスクが高まる可能性もゼロではありません。特に不耕起への移行初期は、残渣分解が不十分で病害虫の温床になりやすいといった課題が生じることもあります。こうしたリスクを理解し、段階的な移行や丁寧な圃場観察が重要です。
- 資材への過度な依存を避ける: 土壌微生物資材などが販売されていますが、これらを単に投入するだけで連作障害が解決するわけではありません。最も重要なのは、土壌そのものが持つ生態系機能を高めることです。資材はあくまで補助的なものと考え、有機物管理や耕うん方法の見直しといった基本的な土壌管理と組み合わせて活用することが望ましいです。
- 継続的なモニタリング: 土壌診断(物理性、化学性、可能であれば生物性も)を定期的に実施し、土壌の変化を把握することが重要です。また、圃場を注意深く観察し、作物の生育状況や病害虫の発生状況を記録することで、対策の効果を評価し、必要に応じて改善策を講じることができます。
まとめ
再生農業は、土壌の生態系を健康にすることで、連作障害の発生リスクを低減する可能性を秘めています。これは、土壌中の微生物多様性を高め、有害物質の分解を促進し、物理性・化学性を改善することで、作物が健全に生育できる環境を作り出すというアプローチに基づいています。
具体的な実践としては、多様なカバークロップの活用、適切な輪作、多様な有機物の投入、そして不耕起・浅耕による土壌構造の維持などが挙げられます。
ただし、再生農業への移行は時間と労力がかかるプロセスであり、土壌環境が安定するまでには数年を要する場合もあります。移行期間中のリスクを理解し、継続的な観察と柔軟な対策の見直しを行いながら進めることが成功の鍵となります。
連作障害という長年の課題に対し、再生農業のアプローチが新たな解決策をもたらす可能性があることを、ぜひご理解いただければ幸いです。ご自身の圃場の状況に合わせて、できることから少しずつでも実践を始めてみてはいかがでしょうか。