再生農業で圃場の生物多様性を高めるには?具体的な方法と効果
再生農業への転換をご検討されている皆様にとって、「生物多様性」という言葉は耳にする機会が多いかと思います。慣行農法では、特定の作物を効率的に育てることに重点が置かれることが多かったのに対し、再生農業では圃場全体の生態系、つまり土の中にいる微生物から、土の上で暮らす昆虫、鳥、そして植物に至るまで、様々な生き物が豊かに存在すること(生物多様性)が非常に重要視されます。
では、なぜ再生農業ではこれほどまでに生物多様性が大切なのでしょうか?そして、実際に皆様の圃場で生物多様性を高めるためには、どのような具体的な取り組みが可能なのでしょうか。この記事では、その疑問にお答えし、実践のヒントを提供いたします。
生物多様性が圃場にもたらす効果とは?
生物多様性が豊かな圃場は、単に多くの生き物がいるだけでなく、様々な生態系サービスを生み出し、圃場全体の健康と安定性をもたらします。具体的には、以下のような効果が期待できます。
- 土壌の健康と肥沃度の向上:
- 微生物多様性: 多様な土壌微生物は、有機物の分解、養分循環(窒素固定、リン酸可溶化など)、土壌団粒構造の形成を促進します。特定の病原菌の増殖を抑える働きを持つ微生物も存在し、土壌病害のリスクを低減します。
- 土壌動物: ミミズやダニ、トビムシなどの土壌動物は、有機物を細かくしたり、土を耕したりすることで、土壌の通気性や水はけを改善し、微生物の活動を助けます。
- 作物の健全性と病害虫管理:
- 天敵の増加: 多様な植物が存在することで、アブラムシなどの害虫を捕食・寄生するテントウムシや寄生蜂などの天敵が増加・定着しやすくなります。これにより、特定の害虫が大発生するリスクを抑え、化学農薬への依存度を減らすことが可能になります。
- 病害抑制: 土壌微生物の多様性が高いと、特定の病原菌が優位になるのを防ぎ、土壌病害の発生を抑制する効果が期待できます。また、多様な作物を栽培することで、特定の病原菌のライフサイクルを断ち切ることにもつながります。
- 受粉サービスの向上:
- ハチやチョウなどの花粉媒介者が多様な植物(作物やその他の植物)に集まることで、作物の受粉率が向上し、収量や品質の安定につながります。
- 圃場のレジリエンス(回復力・適応力)向上:
- 乾燥や多湿、極端な気温変動などの環境ストレスに対して、多様な生物が存在する生態系はより安定しており、回復力が高い傾向があります。例えば、多様な根系を持つ植物は土壌の水分保持能力を高めたり、浸食を防いだりする効果があります。
- 養分循環の効率化:
- 多様な植物がそれぞれ異なる養分吸収特性を持つことで、土壌中の様々な深さや形態の養分を効率的に利用できます。また、これらの植物が分解される過程で、土壌に多様な養分が供給されます。
圃場の生物多様性を高める具体的な方法
生物多様性を高める取り組みは多岐にわたりますが、皆様の圃場の状況や栽培作物に合わせて、できることから段階的に取り入れることが重要です。
1. 土壌を健康にする管理
- 不耕起または最小耕起: 頻繁な耕うんを避けることで、土壌中の菌類ネットワークや土壌動物の生息環境を保護し、土壌生態系をかく乱することを最小限に抑えます。
- 有機物の継続的な投入: 堆肥、緑肥、作物残渣などを土壌に供給することで、土壌微生物や土壌動物の餌となり、その多様性を高めます。
- 土壌被覆(カバークロップ): 作物栽培期間外に様々な種類のカバークロップを栽培することで、土壌に有機物を供給し、根系が土壌を耕し、微生物に多様な餌を提供します。また、地上部には昆虫などの隠れ家や餌場を提供します。
2. 作物・植物の多様性を増やす
- 多様な作物の栽培: 単一作物の大規模栽培ではなく、輪作や間作を取り入れ、異なる種類の作物を順番に、あるいは同時に栽培します。異なる科の作物を組み合わせることで、土壌養分の利用効率を高め、特定の病害虫の増殖を抑えます。
- 複数の品種の利用: 同じ作物でも、抵抗性や生育特性の異なる複数の品種を使い分けることも、病害リスク分散や土壌環境への適応力を高める上で有効です。
- 混植・コンパニオンプランツ: 異なる種類の作物を同じ区画で同時に栽培することで、特定の害虫を忌避したり、天敵を誘引したりする効果が期待できます。
- バンカープランツの導入: 圃場の周辺や畝間に、害虫の天敵の餌となる植物(例:イネ科植物がアブラムシを増殖させ、それを捕食する天敵を誘引)や、益虫の隠れ家となる植物を植えることも有効です。
3. 圃場周辺の環境を整える
- ヘッジローやビオトープの設置: 圃場の周囲に多様な樹木、低木、草本からなる生垣(ヘッジロー)や、小さな水場(ビオトープ)を設けることで、鳥、昆虫、両生類などの多様な生物の生息場所や移動経路を提供します。これらの生物が圃場に来ることで、害虫捕食や花粉媒介などのサービスが期待できます。
- 農薬・化学肥料の使用最小化: これらは非標的生物にも影響を与えるため、生物多様性を損なう大きな要因となります。再生農業への移行では、これらの資材への依存度を減らし、最終的には使用しない管理を目指すことが、生物多様性向上のために不可欠です。
導入にあたっての考慮事項
生物多様性を高める取り組みは、すぐに目に見える効果が出にくいものもあります。また、慣行農法に慣れた方にとっては、一見して圃場が「乱雑」に見えたり、初期には手間がかかったりすることもあるかもしれません。
しかし、これは短期的な視点です。生物多様性の向上は、土壌の改善、病害虫リスクの低減、圃場の生態系機能の強化といった長期的なメリットをもたらし、結果として外部資材への依存を減らし、持続可能で安定した農業経営につながります。
まずは、ご自身の圃場の現状(土壌の状態、見られる生き物など)を観察することから始めてみてください。そして、上記の方法の中から、比較的取り組みやすいもの(例:カバークロップの導入、圃場の一部での混植試行など)から段階的に実践されることをお勧めします。
まとめ
再生農業における生物多様性は、単なる環境保全の側面だけでなく、健康な土壌、健全な作物、そして安定した農業経営を築くための基盤となります。土壌管理、作物管理、圃場周辺環境の整備といった様々なアプローチを通じて生物多様性を高めることは、皆様の圃場が持つ本来の力を引き出し、持続可能な農業を実現する上で不可欠な要素と言えるでしょう。
取り組みは一朝一夕には成果が現れないかもしれませんが、継続的な観察と改善を通じて、必ずやその効果を実感していただけるはずです。