再生農業で使う有機物の種類と選び方:堆肥、緑肥、残渣は土にどう活かす?
はじめに:再生農業における有機物の重要性
再生農業への転換をお考えの皆様にとって、「土をどう活かすか」は最も気になる点のひとつではないでしょうか。慣行農法で長年培われた経験をお持ちだからこそ、新しい土づくりの方法、特に有機物の活用について様々な疑問をお持ちかと存じます。
この疑問にお答えするため、この記事では、再生農業における有機物の役割、主要な有機物の種類(堆肥、緑肥、作物の残渣)、そしてそれぞれの選び方と効果的な使い方について、実践的な視点から詳しく解説いたします。経験豊富な皆様の土づくりに、新たな視点やヒントを提供できれば幸いです。
再生農業でなぜ有機物が重要なのか?
再生農業では、土壌を生きた生態系として捉え、その健全性を高めることに重点を置きます。この健全性の核となるのが、土壌中の有機物です。有機物は単なる養分供給源ではなく、多様な役割を担っています。
- 土壌構造の改善: 有機物が分解される過程で生成される腐植は、土壌粒子を結びつけ、団粒構造の形成を促進します。これにより、土は水はけと水持ち、通気性が向上し、作物の根が伸びやすい環境が生まれます。
- 微生物相の活性化: 有機物は土壌微生物にとって主要なエネルギー源となります。多様な微生物が活発に活動することで、養分循環が促進され、植物に必要な栄養素が利用可能な形になります。また、病害を抑制する微生物が増えることも期待できます。
- 養分の保持と供給: 腐植は肥料成分、特に陽イオン(カリウム、カルシウム、マグネシウムなど)を保持する能力が高く、降雨による流亡を防ぎます。また、有機物が分解される際に植物に必要な養分が供給されます。
- 水分保持能力の向上: 有機物はスポンジのように水分を吸収・保持し、乾燥に強い土壌を作ります。これは近年頻発する異常気象(干ばつなど)への耐性を高める上で非常に重要です。
- 炭素貯留: 大気中の二酸化炭素を土壌中に固定し、気候変動緩和にも貢献します。
このように、有機物は土壌の物理性、化学性、生物性を総合的に改善し、作物の生育を安定させ、持続可能な農業経営の基盤を築く上で不可欠な要素と言えます。
主要な有機物の種類と特徴、選び方、使い方
再生農業で活用される有機物は多岐にわたりますが、ここでは代表的な「堆肥」「緑肥」「作物の残渣」に焦点を当ててご紹介します。それぞれの特徴を理解し、圃場の状況や目的に合わせて適切に選ぶことが重要です。
1. 堆肥(Compost)
家畜の糞、植物性残渣などを微生物の働きで分解・腐熟させたものです。様々な種類があり、成分や効果が異なります。
- 種類と特徴:
- 家畜糞堆肥(牛糞、鶏糞、豚糞など): 養分含有量が高く、特に窒素、リン酸、カリウムを供給します。ただし、堆肥の種類によって成分や完熟度が大きく異なるため注意が必要です。牛糞堆肥は比較的ゆっくり分解され、土壌改良効果も期待できます。鶏糞堆肥は養分含有量が高いですが、塩分や未分解成分が多い場合もあります。豚糞堆肥はその中間的な性質を持ちます。
- 植物性堆肥(バーク堆肥、稲わら堆肥、落ち葉堆肥など): 養分含有量は家畜糞堆肥に比べて低い傾向がありますが、腐植の元となる炭素成分が豊富で、土壌構造改善効果に優れます。ゆっくりと分解されるため、効果が持続しやすいという特徴があります。
- 選び方のポイント:
- 完熟度: 最も重要です。未熟な堆肥は土壌中で急激に分解され、アンモニアガス発生や養分固定化、病害虫の発生源となるリスクがあります。完熟堆肥は匂いが少なく、元の資材の形がほとんど残っていません。信頼できる供給元から購入するか、自家製の場合は十分な時間をかけて切り返しを行い、温度を確認しながら完熟させましょう。
- 成分: 堆肥の種類や製造過程によって成分は大きく異なります。可能な場合は成分分析値を確認し、圃場の土壌診断結果と照らし合わせて、必要な養分を補えるものを選びましょう。
- 塩分濃度: 特に鶏糞堆肥など、塩分濃度が高い場合があります。過剰な塩分は作物の生育を阻害するため、注意が必要です。
- 使い方(投入時期・量・方法):
- 投入時期: 作付けの1ヶ月〜数週間前が一般的ですが、種類や圃場状態によります。有機物の分解にはある程度の時間が必要なため、早めに投入することで、作付け時には安定した土壌環境が整いやすくなります。
- 投入量: 土壌の有機物含有量、作物の種類、堆肥の種類、目標とする土壌改善レベルによって調整します。一般的に、土壌有機物含有量を年間0.1〜0.2%増加させることを目安に計算することが多いです。過剰な投入は養分バランスの崩れや環境負荷につながる可能性があるため、土壌診断に基づいた適量を心がけてください。
- 投入方法: 全面散布して土壌と混ぜ込む方法が一般的です。再生農業で不耕起を目指す場合は、表面にマルチのように敷き詰める方法(分解には時間がかかります)や、作付け畝の溝に施用する方法などがあります。
2. 緑肥作物(Cover Crop / Green Manure)
作物として栽培し、土壌改良や養分供給のためにそのまま圃場で土にすき込んだり、地表に残したりする植物です。
- 種類と主な効果:
- マメ科(ヘアリーベッチ、クローバー、レンゲなど): 根粒菌と共生し、空気中の窒素を固定して土壌に供給する「窒素供給」効果が最大の特徴です。また、土壌表層を被覆して雑草を抑制したり、冬場の土壌浸食を防いだりする効果もあります。
- イネ科(ライ麦、ソルガム、エンバクなど): 根張りが良く、土壌を深く耕す「物理性改善」効果に優れます。また、生育量が多いため大量の有機物を供給でき、炭素貯留にも貢献します。土壌養分を吸着して流亡を防ぐ効果(キャッチクロップ)も期待できます。
- アブラナ科(セスバニア、からし菜など): 土壌病害抑制効果(バイオヒューミゲーション効果)を持つ種類があります。また、生育が早く被覆力に優れるものもあります。
- 混播: 複数の種類の緑肥を組み合わせて栽培することで、それぞれの良い効果を組み合わせることができます。
- 選び方のポイント:
- 栽培目的: 窒素供給、土壌物理性改善、雑草抑制、病害虫抑制など、最も重視したい効果によって選びます。
- 作付け体系との整合性: 主作物との輪作の中で、いつ播種し、いつすき込むか、生育期間を考慮して選びます。地域気候や作物の生育ステージとの兼ね合いが重要です。
- すき込みや処理の難易度: 生育量の多い種類や茎の太い種類は、すき込みや粉砕に手間がかかる場合があります。不耕起の場合は、冬季に枯死するものや、ローラークリンパーで処理しやすいものを選ぶと管理が容易になります。
- 使い方(播種時期・方法、すき込み時期・方法):
- 播種時期: 主作物の収穫後や、作物の生育中(アンダーシード)に行います。地域の気候や緑肥の種類によって最適な時期が異なります。
- 播種方法: ブロードキャスターでの散播や、ドリルシーダーでの条播などがあります。発芽・活着を促すため、軽く覆土したり鎮圧したりすることもあります。
- すき込み時期: 緑肥の種類や栽培目的によって異なりますが、一般的には開花期〜結実期前(養分含有量が高く、分解も比較的スムーズな時期)が推奨されます。遅すぎると茎が硬くなり分解に時間がかかり、養分固定化のリスクが高まります。
- すき込み方法: 耕うん機ですき込む方法が一般的ですが、不耕起の場合はローラークリンパーで倒したり、そのまま地表面に残したりします。分解を促進するためには、細かく裁断してから土壌と混合するのが理想的です。
3. 作物の残渣(Crop Residues)
収穫後に圃場に残されるワラ、茎、葉などのことです。これらも重要な有機物資源として活用できます。
- 種類と特徴:
- 稲わら、麦わら、トウモロコシの茎葉、野菜の残渣など、様々な種類があります。
- 種類によってC/N比(炭素率)が大きく異なります。稲わらや麦わらのようにC/N比が高いものは、分解に時間がかかり、その過程で土壌中の窒素が微生物に利用され、一時的に作物が窒素欠乏を起こす「窒素飢餓」のリスクがあります。
- 病害が発生した作物の残渣は、病原菌の温床となる可能性があるため注意が必要です。
- 活用の方法と注意点:
- 圃場へのすき込み: 細かく裁断してから圃場にすき込むことで、有機物の供給と土壌改良効果が期待できます。C/N比が高い残渣をすき込む場合は、分解を助けるために窒素成分を補う(堆肥や鶏糞、化学肥料を併用するなど)ことを検討します。
- 表面へのマルチ: 不耕起栽培では、残渣をそのまま地表面に残し、有機物マルチとして利用することが多いです。土壌水分保持、地温調節、雑草抑制、土壌浸食防止などの効果があります。分解はゆっくりですが、土壌生物の餌となり、徐々に土壌に有機物を供給します。
- 堆肥化: 圃場から持ち出し、堆肥の材料として利用することも有効な方法です。病害対策にもなります。
- 注意点:
- 病害虫: 病害が発生した圃場の残渣を不適切に処理すると、翌年の発生リスクを高めます。健全な残渣を利用するか、高温堆肥化などで病原菌を死滅させることが重要です。
- 分解と窒素飢餓: C/N比の高い残渣を多量にすき込む際は、窒素飢餓を防ぐための対策(窒素追肥や、高C/N比資材と低C/N比資材の併用など)を検討する必要があります。
- 作業性: 多量の残渣があると、次の作付けの準備や管理作業(播種、定植、施肥など)が困難になる場合があります。残渣処理の方法を作付け体系に合わせて計画することが必要です。
有機物活用による再生農業への転換ステップと考慮事項
慣行農法から再生農業へ移行する上で、有機物活用の方法を見直すことは重要なステップです。
- 現状把握: まず、現在の圃場の土壌有機物含有量、団粒構造の発達度、微生物相の状況などを把握するため、土壌診断を行うことをお勧めします。これにより、必要な有機物の種類や量、改善目標が明確になります。
- 目標設定: 短期・中期的な土壌改善目標(例:有機物含有量を○%に増やす、団粒構造を改善する)を設定します。
- 有機物活用の計画: 圃場の特性、作付け体系、利用可能な有機物資源(自家産堆肥の有無、近隣での入手可否、緑肥の導入時期など)を考慮して、どの有機物をどの時期に、どのくらいの量投入するかを計画します。
- 段階的な導入: いきなり全面積で新しい方法を試すのではなく、一部の圃場で試験的に導入することをお勧めします。特に緑肥の導入や不耕起での残渣処理などは、地域や圃場条件によって向き不向きや管理方法が異なる場合があります。
- 効果の評価と計画の見直し: 有機物投入の効果を定期的に土壌診断などで評価し、計画を見直しながら、徐々に再生農業的な有機物活用体系を確立していきます。
考慮すべきリスクと対策:
- コスト: 有機物資材の購入費、運搬費、散布・すき込み作業の労力やコストがかかります。自家産堆肥や緑肥を活用することでコストを抑えることも可能です。
- 労力: 有機物の製造、運搬、圃場での処理には慣行農法とは異なる作業が必要になる場合があります。
- 病害虫・雑草: 未熟な有機物や病害発生圃場の残渣は病害虫を増やす可能性があります。適切な堆肥化や残渣処理、輪作や緑肥の活用による対策が必要です。また、緑肥によってはそれ自体が雑草化したり、特定の病害虫の宿主になったりしないか、事前に情報を収集することが重要です。
- 効果発現までの期間: 有機物による土壌改善は時間を要します。特に土壌構造の改善や微生物相の変化には数年かかることも珍しくありません。焦らず、継続的に取り組むことが大切です。
まとめ
再生農業における有機物の活用は、単に肥料を与えることとは異なり、土壌という生態系全体の健康を高めるための根幹技術です。堆肥、緑肥、作物の残渣といった様々な有機物を、それぞれの特徴を理解して適切に活用することで、土壌の物理性・化学性・生物性が向上し、作物の生育安定、収量・品質向上、そして持続可能な農業経営につながります。
長年の経験をお持ちの皆様だからこそ、土と作物の変化を観察し、柔軟に対応していくことができるはずです。この記事が、再生農業での有機物活用の具体的なイメージを持つ一助となり、皆様の圃場での実践のヒントになれば幸いです。土壌診断などを活用しながら、焦らず着実に土を育てていくことをお勧めします。
再生農業Q&Aセンターでは、皆様からの具体的な疑問や経験談も歓迎しております。どうぞお気軽にお寄せください。