全転換は不安…慣行農法から段階的に再生農業へ移行する始め方と注意点
慣行農法で長年培ってきた技術と経験を持つ農家の皆様にとって、再生農業への転換は大きな決断であり、少なからず不安を伴うことと思います。「いきなり全てを変えるのはリスクが大きい」「何から手をつけて良いか分からない」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、慣行農法から再生農業へ、一度に全てを変えるのではなく、リスクを抑えながら段階的に移行していくための具体的な方法と、その過程で注意すべき点について解説します。
なぜ段階的な移行が有効なのか?
再生農業の考え方や技術は、長年の慣行農法とは異なる部分が多く、その導入には一定の学習期間と試行錯誤が必要です。段階的な移行には、主に以下のようなメリットがあります。
- リスクの分散: 全ての圃場や作目に一度に新しい技術を導入するのではなく、一部から始めることで、万が一期待通りの結果が得られなかった場合のリスクを最小限に抑えることができます。
- 実践的な経験の蓄積: 小さな規模や限られた技術から実践を始めることで、それぞれの圃場や作目に合った最適な方法を現場で学びながら見つけることができます。
- コストの平準化: 必要に応じて資材や機械を導入する場合も、一度に大きな投資をせず、段階的に行うことで経営への負担を軽減できます。
- 既存資産の活用: 長年使い慣れた機械や施設を、改良や工夫を加えながら可能な範囲で活用していく方法を検討できます。
段階的な移行の具体的な始め方
では、具体的にどのように段階的な移行を進めていくのが良いのでしょうか。以下にいくつかのステップと方法をご紹介します。
ステップ1:現状の把握と目標設定
まず、ご自身の圃場の現状(土壌の状態、これまでの管理方法、得意な作目など)を詳細に把握することから始めましょう。土壌診断は必須です。その上で、再生農業によって何を改善したいのか(例:土壌の物理性・生物性向上、化学肥料・農薬の削減、収益性の安定など)を具体的に目標として設定します。この目標が、導入する技術や移行のペースを決める上での指針となります。
ステップ2:特定の圃場や作目での試験導入
いきなり全圃場での実施はせず、比較的小さな面積の圃場や、比較的リスクの少ない作目を選んで、再生農業的な技術を試験的に導入することをお勧めします。
- 圃場の選定例: 自宅から近く管理しやすい圃場、土壌の問題が比較的軽微な圃場、あるいは逆に課題が明確で改善効果が分かりやすい圃場など。
- 作目の選定例: 比較的天候変動に強く安定した収量が見込める作目、あるいは試験的な取り組みが経営全体に与える影響が少ない作目など。
ステップ3:具体的な技術の試験導入
特定の圃場や作目を選んだら、具体的にどのような再生農業技術を導入するかを決めます。一度に複数の技術を導入するのではなく、最初は一つか二つの技術に絞ってその効果を検証することをお勧めします。
- 導入しやすい技術例:
- カバークロップ(緑肥)の導入: 特定の圃場の一部で栽培し、その後の作物の生育や土壌の変化を観察します。土壌有機物増加や物理性改善、雑草抑制などの効果が期待できます。
- 不耕起・浅耕の試験: 圃場の一部で耕耘方法を変え、土壌の硬さや構造、作物の根張りの違いを確認します。
- 有機物資材の見直し: 慣行的に使用していた堆肥や有機物の種類、量、投入時期を見直し、土壌微生物を活性化させるような資材(例:特定の微生物資材、質の高い堆肥)を試験的に使用してみます。
- 輪作体系の見直し: 試験圃場で新しい作物の組み合わせや作付け順序を試してみます。
ステップ4:観察と評価、そして拡大
試験導入を行った期間(通常は1作期間、あるいは数年間)を通じて、土壌の変化(物理性、生物相、養分状態など)、作物の生育状況、病害虫・雑草の発生状況、収量、品質、そしてコストなどを丁寧に観察し、記録します。土壌診断を定期的に行うことも重要です。
得られた結果を評価し、効果があった技術や改善点を見極めます。成功体験を積み重ねながら、徐々に試験圃場の面積を広げたり、他の圃場にも同じ技術を導入したり、あるいは別の再生農業技術を組み合わせたりして、移行の範囲を拡大していきます。
段階的移行で注意すべき点
- 土壌の変化には時間がかかる: 再生農業が目指す「健全な土壌」は一朝一夕にはできません。特に慣行農法で化学肥料や農薬を長年使用してきた土壌の場合、微生物相の回復や団粒構造の発達には数年からそれ以上の時間が必要になることを理解しておきましょう。焦らず、長期的な視点を持つことが重要です。
- 初期の収量変動の可能性: 慣行農法から切り替えた最初の数年間は、土壌環境の変化に作物が適応するのに時間がかかり、一時的に収量が減少するリスクがあります。これは「移行期」と呼ばれる期間に起こりうる現象です。リスクを抑えるためにも、試験的な導入や段階的な拡大が有効です。
- 病害虫・雑草管理への新たな視点: 化学農薬に頼らない管理方法は、従来の経験とは異なる知識や工夫が必要になります。生物多様性を活かした天敵の活用、適切な輪作・間作、機械的防除、抵抗性品種の利用など、統合的な視点での対策を学ぶ必要があります。
- 情報収集とネットワーク: 再生農業に関する情報は日々更新されています。地域の研究機関や普及指導員、既に再生農業に取り組んでいる他の農家との情報交換は非常に有益です。セミナーや勉強会に参加することも有効でしょう。
- 記録と分析: 導入した技術と得られた結果をしっかり記録し、なぜその結果になったのかを分析する習慣をつけましょう。これが、ご自身の農場にとって最適な再生農業体系を確立するための重要なステップとなります。
まとめ
慣行農法から再生農業への移行は、決して容易な道のりではありませんが、環境負荷の低減や土壌の健全性向上、将来的な農業経営の安定化に繋がる可能性を秘めています。
「全転換」に不安を感じる場合は、本記事でご紹介したように、特定の圃場や技術から段階的に始めることが、リスクを抑えつつ実践的な学びを得るための現実的なアプローチです。土壌の変化には時間がかかることを念頭に置き、焦らず、着実に一歩ずつ進んでいくことが成功の鍵となります。
ご自身の農場に合ったペースと方法で、再生農業への道を切り拓いていきましょう。