不耕起栽培への道:土づくりから病害虫対策まで、実践のポイントは?
再生農業への転換をご検討中の皆様にとって、慣行農法からの大きな変化の一つに「耕起」をやめる、すなわち不耕起栽培の導入があるかと思います。長年、土を深く耕してきた経験をお持ちの農家様にとっては、「本当に土が固まらないのか?」「病害虫が増えないか?」といった多くの疑問や不安が生じることと存じます。
この記事では、再生農業における不耕起栽培の基本的な考え方から、慣行農法との違い、導入におけるメリット・デメリット、そして具体的な実践のポイントについて解説いたします。
不耕起栽培とは何か?その基本的な考え方
不耕起栽培とは、文字通り田畑を耕さない、あるいは最小限の耕うんのみを行う栽培体系です。土を耕すことによって生じる物理的な攪乱を避けることで、土壌の構造を維持・改善し、土壌中の微生物相を豊かにすることを目指します。
慣行農法では、土壌の膨軟化や通気性・排水性の確保、雑草や病害虫の物理的防除などを目的として耕起が行われます。しかし、耕起は同時に土壌構造を破壊し、有機物の分解を促進しすぎたり、土壌生物の生息環境を変化させたりする側面も持っています。
不耕起栽培は、これらの耕起の側面を最小限に抑えることで、自然に近い土壌環境を構築し、持続可能な生産性を追求するものです。地表面の有機物(作物残渣や被覆作物など)をそのまま残すことで、土壌の乾燥や侵食を防ぎ、団粒構造の発達を促します。
不耕起栽培のメリットとデメリット
メリット
- 土壌構造の改善: 耕起による破壊がないため、土壌生物の働きによって安定した団粒構造が発達しやすくなります。これにより、通気性、排水性、保水性が向上します。
- 有機物の増加: 作物残渣や被覆作物を地表面に残すことで、土壌有機物が増加し、土壌肥沃度が向上します。
- 水分保持能力の向上: 地表面の有機物が mulch となり、土壌からの水分の蒸発を抑えます。また、団粒構造の発達も水分保持に貢献します。
- 土壌侵食の抑制: 地表面の有機物や根が土壌を保持し、雨や風による土壌の流出を防ぎます。
- 燃料費・労力の削減: 耕起作業が不要になるため、機械の稼働時間や燃料費、作業労力を大幅に削減できます。
- 生物多様性の向上: 土壌生物や地表生息生物にとって安定した環境が提供され、生物多様性が豊かになります。
デメリット・課題
- 移行期の課題: 慣行農法から不耕起栽培への移行期には、土壌が硬い、排水性が悪い、雑草が増える、特定の病害虫が発生しやすいなどの課題が生じることがあります。
- 雑草対策: 耕起による物理的な雑草防除ができないため、被覆作物、敷きワラ、機械、手作業、場合によっては最小限の除草剤(再生農業では避けることが多い)など、異なるアプローチが必要です。
- 病害虫対策: 土壌環境の変化により特定の病害虫が増える可能性も指摘されますが、健全な土壌では作物の抵抗力が増したり、天敵が増えたりすることで抑制されることもあります。対策としては、輪作、有機物の適切な管理、作物の抵抗力向上などが重要です。
- 初期投資: 不耕起栽培用の播種機や管理機など、専用の機械が必要になる場合があります。
- 排水性の問題: もともと排水性の悪い圃場では、耕起をやめることでさらに水はけが悪くなるリスクがあります。明渠や暗渠などの排水対策が重要になります。
- 土壌温度: 地表面の有機物によって土壌温度の上昇が抑えられるため、春先の地温上昇が遅れる場合があります。
不耕起栽培 実践のポイント
不耕起栽培の導入は、土壌の状態や作物の種類、地域の気候などによって最適な方法が異なります。以下に、実践における一般的なポイントを挙げます。
1. 移行期の土壌管理
長年耕してきた土壌を急に不耕起にすると、硬盤層の問題や排水性の悪化などが顕著になることがあります。可能であれば、移行前に一度、土壌診断を行い、必要に応じて物理的な土壌改良(サブソイラなど)や有機物の大量投入などで土壌の基本性能を上げておくことが有効な場合があります。また、最初は全面的な不耕起ではなく、畝間は不耕起とし、畝のみを耕すなどの段階的な導入も選択肢の一つです。
2. 土づくりと有機物管理
不耕起栽培において、地表面の有機物管理は非常に重要です。 * 作物残渣: 前作の残渣は細かく裁断して圃場全体に均一に散布することで、分解を促進し、土壌表面の mulch となります。 * 被覆作物(カバークロップ): 冬季や休耕期に被覆作物を栽培することは、土壌侵食防止、有機物供給、雑草抑制、さらには根による土壌構造の改善に大きく貢献します。マメ科作物やイネ科作物など、目的に応じた種類を選びます。 * 有機物投入: 必要に応じて、堆肥や緑肥をすき込まずに地表面に施用したり、播種時に局所的に投入したりします。
3. 雑草対策
不耕起栽培における雑草管理は、初期の最も重要な課題の一つです。 * 被覆作物: 最も有効な手段の一つです。密生させることで雑草の生育を抑制します。 * Mulch: 作物残渣や敷きワラ、刈り取った被覆作物を地表面に敷くことで、物理的に雑草の発生を抑えます。 * 機械・手作業: 必要に応じて、条間の除草や、問題となる雑草の抜き取りなどを行います。 * 輪作: 異なる種類の作物を輪作することで、特定の雑草が蔓延するのを防ぎます。
4. 病害虫対策
土壌環境が健全であれば、作物は病害虫に対する抵抗力を自然と高めます。 * 土壌環境改善: 有機物の増加と多様な微生物相により、病原菌の増殖が抑えられたり、作物の根の健全性が増したりします。 * 輪作: 同じ科の作物を連続して栽培しないことで、特定の病害虫や連作障害のリスクを低減します。 * 多様な作付体系: 多様な作物を栽培することで、天敵の生息環境を整え、生態系全体で病害虫の発生を抑制します。 * 適切な施肥: 過剰な窒素施肥は病害を招きやすいため、土壌診断に基づいた適切な施肥を心がけます。
5. 播種・定植と施肥
不耕起の状態の土壌に種をまいたり苗を植えたりするには、慣行農法とは異なる工夫が必要です。 * 播種機: 残渣を適切に処理し、硬い土壌にも対応できる不耕起用の播種機が有効です。 * 局所施肥: 肥料を圃場全体に散布するのではなく、播種・定植時に作物の根元近くに施用する(側条施肥など)ことで、肥料利用効率を高め、雑草への養分供給を抑えることができます。
まとめ
不耕起栽培は、再生農業の中心的な技術の一つであり、長期的な視点で見れば土壌の健康改善、環境負荷低減、経営効率向上に繋がる大きな可能性を秘めています。しかし、慣行農法からの転換には、特に移行期において様々な課題に直面する可能性があります。
成功の鍵は、ご自身の圃場の土壌特性をよく理解し、焦らず、段階的に、そして柔軟にアプローチすることです。まずは一部の圃場から試してみる、被覆作物を積極的に活用するなど、できることから始めてみるのも良いでしょう。
土壌は生き物です。耕すのをやめることで、土が本来持つ力を引き出し、作物と共存する環境を作り上げていく過程を楽しんでいただければ幸いです。ご不明な点やさらに詳しく知りたい点がございましたら、お気軽にご質問ください。